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ゆうかの花 十数匹のゆっくりたちが久しぶりに味わう御馳走に舌鼓をうっていた、 「むーしゃーむーしゃ、しっ、しあわせぇえええ!」 「おいしいんだねー!わかるよー!」 「ちちち、ちんーぽ!」 昨日まで愛情を注いで育てていた紫陽花。 その踏みにじられた花弁を見て、ゆうかは口の端を歪めて苦々しい笑みを浮かべる。 (……もう少しで満開だったのに) 見つからないように場所を工夫した。棘を持つ茨の茂みに囲まれた小さな空き地。 これ以上の隠し場所は思いつかなかった。 だけど、所詮はゆうかも餡子脳だったのか、隠し方が甘かったようだ。 紫陽花は大きくなりすぎた。成長した紫陽花は茨の背丈を越えてしまっていた。 そして真夏となれば、紫陽花の群生は色鮮やかに変化して咲き誇る。 花開いた紫の花弁は、如何しても周囲の目を惹きつけてしまう。 やがて体の小さい子ゆっくりが茨の隙間を潜り抜け、中から成ゆの通り抜けられる道も見出した。 今まで丹念に、丹誠に、精魂こめて世話をしてきた花々は、ゆっくりたちに踏みにじられ、喰い荒されていた。 他のゆうかだったら、怒りに駆られるままゆっくりたちに戦いを挑んだかも知れない。 辛かった。悲しかった。でも、此処で戦っても多勢に無勢。 気の強いまりさがいる。素早いちぇんがいる。棒を巧みに使うみょんがいる。 何匹かは殺せても、結局は、数に飲み込まれ押し潰される事になる。 友達だった別のゆうかのように。 だから、ゆうかは憎悪を飲み込み、憤怒を抑え、茂みに隠れたままそっとその場から立ち去った。 (見たかったなぁ、あの子が満開に咲き誇る姿……きっと綺麗だったろうなぁ) このゆうかは今年で四歳。ゆっくりとしては結構な長命だった。 死に易い赤ゆ、子ゆっくりの時代を除けば、自然界のゆっくりの寿命は平均しておよそ三ヵ月 二度目の冬を経験する個体が滅多にいない事を鑑みれば、慎重で思慮分別に恵まれた性質が身を助けてきた事は否定できない。 歩きながらも、ゆうかは何とか気を取り直した。 (……今度から、もっと隠し場所を工夫しなくちゃ) こんな事は今まで何度も在った。花を育ててはそれを失ってきた。 幾度もの喪失を経験して、多少はゆうかも学んでいた。 育んでいる紫陽花は一か所だけではない。常に分散し、数か所の隠れた株を育てるようにしている。 喪失は辛い。これからもこの痛みに慣れる事はけしてない。 だけどもゆうかは、明日も明後日も、戦って散るより苦悩を抱えて生きる方を選ぶだろう。 ああ、とゆっくりらしからぬ懊悩と苦悶を孕んだ吐息を洩らし、ゆうかは深く嘆息した。 たった一輪の花さえ守れないのなら、私は如何して生きてるのだろう、と。 まだゆうかが幼い頃に、一度だけ四季の花の主の姿を遠来から仰ぎ見た事が在った。 花を愛でる最強の妖怪。幻想境で唯一枯れない花。 彼女が育てたのだろう。麗人の足元に咲き誇る朝露に濡れた美しい花々は、鮮やかに色付き、主に似て凛とした輝きさえ放っていた。 そして、ゆうかが他のゆうかと紫陽花の苗木と薔薇の種を交換した際、何気なく耳にした噂話。 美しい花を咲かせた何匹かのゆうかは、彼女に選ばれ、永劫に咲き誇る花の楽園に住む事を許されたと云う。 真実か如何かは分からない。或いは、何処かのゆうかが何気なく口にした願望が無責任な噂になっただけなのかも知れない。 だけれども、何気なく耳にしたその伝説は、若いゆうかの心へと強く焼きついた。 焦がれた。一度で良い。向日葵の主の育てた花々に触れてみたい。近くで心行くまで鑑賞したい。 いいや、違う。あのような花をいつか自分も育てたいのだ。 それは憧憬。 ゆっくりの心のうちにある全てのゆっくり分を押し潰し、残らず焼き尽かさざるを得ないような、まるで地獄烏の核融合のように熱く激しい業火の如き渇望。 その日から、ゆうかはゆっくりできなくなった。 永劫に枯れない花の一つになりたかった。 だが、成長するにつれ、ゆうかは自分の限界を否応となく思い知らされていく。 ゆうかには無理だ。手入れの簡単な紫陽花を世話する事が精一杯の彼女には、到底、向日葵畑の主の目に適うような花を育てる腕などない。 けして手の届かない適わぬ願い。 今日も心の奥底に満たされる想いを燻らせながら、ゆうかはとぼとぼ自分の巣へと這いずっていく。 だから、他のゆっくりたちはそもそも近づいてくることさえ少ない ゆうかの住処は、丘陵の中腹。石と盛り土に隠蔽された洞穴に在った。 付近一帯の土は剥き出しになっている。ゆっくりたちが元々少ない丘陵の草を蝗のように食いつくしたのだ。 此処には殆どゆっくりに食べられる物はない。 自然な傾斜となっており、ゆっくり出来る場所でもない。 だから、他のゆっくりたちは余り近づかない。 周辺は静まり返っている。 ゆうかは周囲を見回し、ゆっくりの影がない事を確認した。 力の無い通常種には動かすことも難しい入口の石を巧みに動かし、 狭い入口へと潜り込むと、這いずりながら奥へと進んでいく。 洞窟の奥は意外と広がっていた。 殺風景な部屋の四方の土壁を、色褪せた押花だけが彩っている。 部屋でくつろいでから、ゆうかは壁に並んでいる餡子袋の一つに近寄ると噛みついた。 中身を口に含むと、もしゃもしゃと咀嚼する。 餡子袋が微かに震えた。残された目に恐怖と脅えを孕んでゆうかを見上げる。 飾りは千切られ、足を破られ、もはや動くことも喋る事も出来ないそれは、ゆっくりだ。 この巣に近づいたり、あまつさえ巣に入り込んでおうち宣言した愚かなゆっくりは、ゆうかの餌食となる。 近くには、二m級のどすまりさを頂点とする二百匹ほどの群れが生息していた。 この二匹も其処に属していたのだろうが、元々、ゆっくりは死に易い生き物。命も安い。 単独行動していたゆっくりの二匹や三匹が消えた所で、探しにくるゆっくりはいない。 月に二匹か、三匹を狩った所で不審に思うゆっくりもおらず、群れを敵に廻す恐れもなかった。 孤独を好んでいるゆうかだが、別に群れと敵対したい訳では無い。 ゆうか種も一応、捕食種ではあるものの、れみりゃやふらん、れてぃやゆゆこと云った連中に比べれば、 残念ながら体格や力で大きく劣っている。 高度な知性の代償か、捕食種の中では多分、最弱に近い存在だ。 何匹ものゆっくりを敵に回して、無事でいられるほどの力はもたない。 故に、このゆうかも用心深く近くの群れと関わるのを避けていた。 今、ゆうかに生きながら中身を食われているのは、黒い帽子のゆっくりまりさ。隣にいるのは番のれいむ。 五日程前にゆうかの留守中に巣へと潜り込み、おうち宣言した若い二匹だった。 戻ったゆうかは無言で棒を咥えると、あっという間にまりさとれいむを叩きのめした。 適度に暴行を加え、弱らせてから右目を抉り、足を噛み破り、口を喰って、後はゆっくりとも言えない餡子袋へと変えてしまう。 今は、れいむと共にゆうかの食事となっている。 このゆうかには、獲物を痛めつけて喜ぶ習性はない。 生かしているのは苦しめた方が味が良くなるからと、長く保存する為でしかない。 向日葵畑を目にしたあの日以来、ゆうかの心からは花への情熱を除いた一切への興味が薄れていた。 「ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ」 まりさは微かに呻き、寒天の瞳が抉られた空洞からも涙を零した。 なんでこんな苦しい目にあうのか。なんでこんな怖い目にあうのか。まりさには分からなかった。 まりさは独り立ちしたばかりの若いゆっくりだった。 幼馴染のれいむと共に実家から旅立ち、その日のうちに誰もいない洞窟を見つけておうちにした。 二人でこの幸運を喜んでいると、この恐ろしいゆうかがやってきた。 余りゆっくりしているとは言い難い雰囲気のゆうかだったけれども、折角おうちにやってきたお客さんだ。 だから、歓迎した。 ここはまりさとれいむのおうちだよ。ゆっくりしていってね。 なのに、ゆうかは襲いかかってきた。 どうしてこんなことをするの? まりさは、涙に濡れた左目でゆうかを見上げた。 ゆうかは応えない。 ゆっくりとしては、きめぇ丸と並んで例外的に感受性と知性を有するゆうか種だ。 まりさの無言の問いを読みとってはいたが、理由などないのだ。 ゆうかは捕食種で、当たり前に食事をとっているだけ。 苦痛を与えて楽しむ趣味はないし、饅頭との対話ほど不毛なものはないと知っている。 腹八分目で止めておく。この二匹でまだしばらく食い繋げるだろう。 腹も膨れたゆうかは、近場で育てている紫陽花の様子を見に行こうと思い立った。 紫陽花を見に行く途中、五、六匹のゆっくりが近づいてくるのに気づいて、ゆうかは立ち止まった。 ゆうか種は捕食種ではあるが、ふらんやれみりゃなど他の捕食種と違って基本的に雑食性である。 ゆっくりも食べるが、草木や木の実、虫などの食事でも充分に生きていけるし、 ゆうかの中には、(賢い群れ限定だろうが)他のゆっくりに溶け込んで暮らしている個体もいる。 だから、丘陵に棲むゆっくりたちも、自分たちに襲いかかる訳でもなく、 独りで静かに暮らしているゆうかを特に脅威とは見做してなかった。 ゆうかは、その場で狩りの真似事として道端に生えていた雑草に近づいていく。 「ゆっくりしていってね!!」 れいむの挨拶を無視し、いかにも不味そうな草を噛み千切り、無言で咀嚼し続ける。 忌々しい事に、ゆっくりのうちにも花や野菜を育てるゆうか種の習性を知っている奴がいる。 こんな真似でもしないと、時々、御馳走目当てにゆうかの後を付けてくる奴がいるのだ。 「よくそんなまずいくささんをたべられるわね。とかいはじゃないわ」 「ゆうかはえさをとるのがへたなんだねー、わかるよー」 「ちちち、ちんーぽ」 馬鹿にしたように他者を見下すのはゆっくりの習性。 相手にしていないと、妖精にも似て好奇心旺盛な癖に飽きっぽいゆっくりだ。 すぐに飽きると、口々に如何でもいい事を話しながら立ち去っていく。 「ゆゆっ、ゆうかはそこでまずいくささんをたべていてね」 「まりさたちは、これからさとにおりてにんげんのひとりじめしているやさいをたべてくるんだぜ」 「むきゅっ、にんげんさんはきけんよ」 「だいじょうぶだぜ、ぱちゅりー。つよいまりささまがにんげんをやっつけてやるんだぜ」 ゆっくりたちの後ろ姿を侮蔑の眼差しで見送ると、ゆうかはペッと草を吐き捨てた。 馬鹿なゆっくり共。人間は、どすや熊よりも遥かに強いのだ。 火を吹く鉄の棒を持てば、遠く離れた敵も殺せるし、何よりとても頭がいい。 ネズミやカラスに捕食されるゆっくりが、如何して人間に勝てると思えるのだろう。 人間の手下であるわんこやにゃんこのおやつ兼玩具になるのが関の山だ。 怒った人間たちがまた山狩りするような事態になれば、自分もどうなるか分からない。 畑に入る前に見つかって、叩き潰されてしまえばいいのだけど。 ゆっくりたちの愚かさに半分呆れ、半分不思議に思いながら、ゆうかは再び道を跳ね始めた。 紫陽花に近づくにつれて、ゆうかの心は躍っていく。 ゆうかには、ゆっくりたちが言葉として口にするゆっくりプレイスは理解できない。 そもそも普段からゆっくりしているとは言い難いゆうかである。 それでも土を耕し、水をやり、虫を捕り、成長を眺め、香りを楽しむその間だけは心がとても安らいだ。 紫陽花の群生を育てているのは、丘陵の中腹。きつい傾斜となっている岩場を抜けて、やや高台になっている場所だ。 ゆっくりや野生の小動物がよく水を飲みに来る小川に近いが、その先まで行くゆっくりは殆どいない。 きつい傾斜は尖った石があちこちに散らばり、狸や蛇などが徘徊し、絡まり合った木々の根はゆっくりが越えるには険しすぎた。 加えて、わずかな抜け道にもゆうかが根気よく配置した尖った石や木などの死の罠が要所要所に点在している。 動物には何の効果もないが、飛び跳ねるゆっくりの薄い底部にとっては致命的な罠。 現に其処此処に足を破られ、死んでいったゆっくりたちの皮が転がっていた。 だが此処の一本道を抜ければ、頂には青々と草木生い茂る美しい自然の庭園が広がっている。 紫陽花は育てやすい花だ。こんな所にも根を張り、茎を伸ばし、大きく咲き誇ってくれる。 元々、荒れ地だった所をゆうかが根気よく土を耕し、水をやり、肥料を撒き、手入れし続けた成果である。 そして今、季節は真夏。 紫陽花が満開となる、ゆうかが一年のうちでもっとも待ち望んでいた季節である。 此処の紫陽花はとても大きい。ゆっくりから見れば、人から見た樹木のように成長している。 元は、ゆうかの植えたものでは無い。花を育てるにいい場所がないかとゆうかが丘陵を散策していた時に、 偶々、此の場所に辿り着き、朽ち果てかけていた紫陽花の大きな株を見出したのだ。 紫陽花は刺し枝で増える。他の花のように鳥の糞から発芽したり、風に運ばれてくると云う事はない。 何故、此のような場所に紫陽花が咲いているのか。 ゆうかも不思議に思ったが、結局は気にしない事にした。 他のゆうかが世話をしていたのかも知れないし、山登りが趣味の人間が気まぐれに植えたのかも知れない。 兎に角、ゆうかは出会った紫陽花の世話を熱心にして、今は美しく咲き誇ってくれている。 それで充分だと、ゆうかは満足している。 庭園には、紫陽花以外にも薔薇や雛菊、秋桜(コスモス)など、他のゆうかに種を貰った花が植えてある。 今はまだ涼しい風の吹いている朝方。日差しのきつくなる真昼の前に水をやらなければならない。 途中の河で口一杯に水を含み、高台を登りきったゆうかは凍りついた。 鮮やかに咲き誇る紫陽花。その前に緑色の帽子を付けた、丸々とした物体が佇んでいたからだ。 間違いなくゆっくり。ゆっくりで在った。 肌色をしたバレーボール大の饅頭モドキなど、自然界に他に存在していない。 (……ゆっくりが……こんな所にまで……何故……どうやって……私の花に……無事か?……) ゆうかの胸の内を様々な想いが錯綜する 『殺そう』 まず最初に思いついたのは、自分のささやかな庭園の脅威を排除する事であった。 花畑を見つけられた時、相手が大勢いる時は諦める。だが、少数なら抹殺してきた。 二匹や三匹ならば、それこそ逃げ出す暇も与えずに、葬り去れる。 繰り返すが、ゆうか種は捕食種に属している。(ゆっくり水準としては)相当な強さを持っていた。 幸い、見たところ一匹しかいないようだ。 地面を耕すのに使っている鋭い木の枝を咥えると、ゆうかは無言でじりじりと間合いを詰めていく。 そろーり、そろーりなどと間の抜けた言葉は漏らさない。 と、すぐに相手がめーりんで在る事に気がついた。 さもありなん。 めーりん種の分厚い皮ならば、ゆうかの配置した鋭い石や木を踏み抜いても、足が破れる事はないであろうから。 気付かないのか、動く気力もないのか。 忍び寄るゆうかに無防備に背中をさらしながら、めーりんは微かに体を上下させている。 ゆうかは、これまでに何十匹となくゆっくりを屠ってきた。 時に真正面から、時には奇襲で、時に不意打ちを受け、一対一で、時に大勢やれみりゃを相手に、 様々な状況で戦い、勝ち残ってきた。ゆっくりの急所は熟知している。 今までめーりんと戦った事はなかったが、間違いなく仕留められる筈だ。 近寄るにつれて、めーりんの体が傷だらけである事が分かる。 罠は無駄ではなかったのか、足の裏にも痣が出来ている上、帽子が所々、破けている。 帽子や上半身の擦り傷は、例によって他のゆっくりに虐められたのだろう。 (……どんくさい奴) 言葉を話せないめーりんは、他のゆっくりにとって格好の虐めの対象だ。 考えてみれば不憫な奴でもある。せめて苦しまないよう一息で殺してやる。 思いながら、枝を突き立てようとしてゆうかは気づいた。 めーりんは安らかな寝息を立てていた。紫陽花の前で、無防備に寝ている。 戸惑いながらよく見れば、紫陽花にも齧られた形跡などはない。 昨日立ち去った際のその時、そのままに鮮やかな紫の花弁が綺麗に咲き誇っている。 と、めーりんがぶるっと身震いした。ゆうかは思わず後ずさった。 「じゃおっ!」 パチリと目を見開き、一声鳴いて体を起こすと紫陽花へと向き直る。 そのまま、紫陽花に喰いつくでもなくじっと眺めている。 或いは……もしかしたら、このゆっくりは紫陽花に見とれているのだろうか。 自分たち以外に、花に見とれるような感性を持つゆっくりがいると云う事にゆうかは戸惑った。 やや躊躇してから、ゆうかは口に咥えた枝を下ろした。 その気配を感じたのか。 此処で、ようやくめーりんがゆうかに気づいた。 挨拶するように、じゃおっと元気よく鳴いた。 殺すべきだ。そう思いながらも、ゆうかはしばし躊躇った。 めーりんを推し量るようにまじまじと観察する。 「じゃお?」 めーりんは押し黙ったままのゆうかを見つめる。とゆうかが鋭い枝を加えているのに気がついた。 少し不安になってきたのか、甲高い声でゆうかを威嚇するようにめーりんは鳴き叫んだ。 「じゃおおおおん!!!」 やはり殺そうか。一瞬、そう考えるが、ゆうかの方がだいぶ体が大きいし、 めーりんは足まで傷ついている。殺すのは何時でも出来ると考え直した。 黙って枝を捨てると、めーりんの横を通り過ぎ、口鉄砲の要領で紫陽花に水吹きした。 それからめーりんに向き直った。まず話掛けてみる事にしたのだ。 「花が好きなの?」 「じゃお!じゃおお!じゃおおおおん!」 不安が払拭されたのか、話しかけられて嬉しいのか、めーりんが楽しげに跳ねた。 ゆうかには、何となくめーりんの訴えたい言葉が分かった。 多分、普段から声なき花の声を聞き取ろうと耳を傾けていたからだろう。 (単純な子……に見えるけど) 「じゃおお、じゃお?」 「そう、此れは私が育てているの」 「じゃおおおおん!」 「ええ、見てってもいいわ」 時間を忘れて紫陽花に見とれているめーりんを横目に、ゆうかは紫陽花と河と往復しながら中断していた日課の水運びを開始した。 「じゃお?」 めーりんが不思議そうに見ていたが、ゆうかは無視し、黙々と作業を続けた。 作業が終わった頃には、日差しが少しずつ強くなり始めていた。 「私は行くけれども、貴女は此処にいるの?」 「じゃお」 「そう、此の場所の事は、他のゆっくりには秘密にしてくれる?」 「じゃお!」 今逃がせば、他のゆっくりを案内して、この紫陽花を食べにくるかも知れない。 そんな考えが思い浮かぶが、如何やらめーりんは紫陽花の美しさに感動していた様子だ。 嫌な予感や邪なものも感じなかったし、結局、ゆうかはめーりんに手を出さなかった。 まだ夏。緑萌ゆる季節にも関わらず、丘陵に棲むゆっくりの群れの長であるどすまりさは頭を悩ませていた。 「ゆぅぅ、こまったよ。たべものがたりないよ」 丘陵全体でゆっくりの食べられる物が減ってきているのだ。 群れの十数年に渡る無計画なすっきりーと飽食の結果、生態系のバランスが崩れてきたのである。 此の侭では、遠からず群れが飢餓状態に陥るのは確実だった。 自業自得ではあったが、ゆっくりたちはそうは思わない。またそう思うようではゆっくりではない。 誰かに責任転嫁を行い、罵るのがゆっくりの常だ。 槍玉にあがっているのは、当然、長であるどすまりさであった。 「むきゅ、どうするの。どす?」 不安そうに側近のぱちゅりーが訊ねてくる。 「ゆっ、いざとなったらにんげんさんにたべものをわけてもらうよっ」 そう云い聞かせる事で自分も不安を鎮めてきたが、どすは人間と関わる事に気が進まなかった。 人間は手強い。戦って負けるとは思わないが、群れにも相当な犠牲が出るのは間違いない。 (此のどすはけして頭が悪い訳では無かったが、人間に関しての知識が色々と不足していた) 前々から食物の枯渇を見通して、どすはかなりの食糧を貯めこんできていた。 今はそれを切り崩す事で、辛うじて群れ全体は飢えずに済んでいる。 まだかろうじて余裕が在る。だが、その備蓄も喰い尽くした頃に、丁度冬がやって来るだろう。 どすは、迷っていた。 或いは、他所への移住を試みるべきだろうか。 考えながらも、気が進まなかった。 どすは、出来るなら移住などしたくなかった。ゆっくりにとって移動は常にかなりのリスクを伴うのだ。 れみりゃなどの捕食種と遭遇するかも知れないし、夕立に遭遇すればどす以外の群れが全滅しないとも限らない。 移住した先に、都合よく食べ物があるとも限らない。食べ物の豊富な場所なら、動物や他の群れの縄張りかも知れない。 だが此の侭では、いずれ群れは遠からず飢餓状態へと陥いる。 そうなれば、遅かれ早かれ人里へと押し掛けるしかなくなるだろう。 此のどすは、悪い意味で責任感が強かった。何とか群れの皆を助けたかった。 その為なら、他のゆっくりの群れや、ましてや人間が犠牲になっても仕方ないと考えていた。 だけど、なにが最善の道なのかどすにも分からないのだ。 今までは何とかなった。これからも何とかなるかも知れない。 都合よく近場で食べ物の豊富な場所が見つかるかも知れない。つい先日も、思わぬ所に大きな紫陽花が見つかった。 よく探せば、丘陵の中でまだ食べ物の取れる場所が在るのではないか。 か細い希望に望みを掛けながら、どすは残された日々を虚しく浪費していた。 東の空にようやく曙光が差し始める早朝。 ゆうかが高台に行くと、相も変わらずめーりんは其処にいた。 紫陽花に目をやってからホッとする。 もしやという不安もあったが、めーりんは紫陽花に口を付けなかったようだ。 この日はゆうかが紫陽花に水をやり始めると、めーりんも見よう見真似で作業を手伝い始めた。 二人掛かりの水やりはあっという間に終わり、まだ気持のいい風が吹いている高台の庭園で二匹は体を休める。 めーりんの傍らでゆうかも紫陽花を見上げた。 四方八方に枝を伸ばしたそれは、二匹の頭上に鮮やかな群青色の小宇宙を展開していた。 丁度、人間が満開の桜を見とれるように、二匹はしばし爽やかな風にそよぐ紫陽花の根元で時を過ごした。 ゆうかは、ふと疑問を抱いた。 それにしても、めーりんは随分と早起きだった。 ゆうかが家を出た頃には、まだ周囲は黎明前の薄闇に包まれていたと云うのに。 もしかして一晩中、此処にいたのだろうか? 「あなた家に戻らなかったの?」 「じゃおおーん」 鳴き声で返事をするめーりん。心なしか昨日よりやつれているように見えた。 「何か食べたの?」 不思議に思って辺りを見回すと、周囲の雑草などに齧られた跡が在った。 その辺をちょっと廻って、ゆうかは手早く木の実や柔らかな葉、虫などを集めて廻った。 緑豊かな庭園は、花以外にもゆっくりの食べられる物が豊富にあった。 むしゃ、じゃおん、むしゃ、じゃおおお、むしゃむしゃ、じゃおおーん 提供された御馳走を食べながら、めーりんが事情を話した。 先日まで木の根元に立派な家を持っていたが、突然やってきたまりさとれいむの番に追い出されてしまったらしい。 途方に暮れ、当て所もなく彷徨っていた所にこの紫陽花を見つけ、見とれているうちに眠ってしまった。 ゆうかは呆れて首を振った。 此の時期、急な夕立ちや台風などでゆっくりは特に命を落としやすい季節だ。 めーりんの皮がいくら頑丈と云っても、所詮はゆっくりだ。 耐水性に関しては、他よりややましという程度でしかない。 「……高台から降りた所に、小さな洞穴が在る」 「じゃお?」 めーりんが首を傾げる。 「右手にある松の木の根元。少し奥まった所よ。狭いと云っても風雨は凌げる」 「じゃおお」 「良ければ、使うといいわ」 「じゃお!」 何時までも紫陽花の下に佇んでいるめーりんをその場に残し、ゆうかは立ち去った。 道々、めーりんが高台へと入りやすいように一本道に配置した尖った石や木の枝を排除していく。 ゆうかから見ても、今年の紫陽花は特に会心の出来だ。 この美の荘厳さや貴重さを理解できる相手なら、感動を共有してもいいのではないか。そう思った。 基本、ゆうか種は孤独な存在だ。他のゆっくりには農耕などの概念が理解できず、 本当は、其処にいるゆうかが花や野菜を育てているにも関わらず、 『野菜や花の生えるゆっくりぷれいすをゆうかが独り占めしている』と誤解を受けやすい。 このゆうかも、友達は少ない。 命の危険も少なく、花を育てられる環境がある今の生活に不満が在る訳では無い。 それでも、時折、誰かと一緒に花を眺めたいなどと考える事も在った。 だが、誰と? 花を食料としか見なしていない一般的なゆっくりたちは論外だ。 きめぇ丸などは、人間並みの知性と高度な感受性を持ち合わせた種だが友にするには危険な存在だ。 知己である他のゆうかたちは、ゆっくりの足で二、三日の場所に住んでいる。 己の大切な花や野菜を放り出して見にくる事など在り得ない。 だから結局、今年も一人で眺めるのだろうとゆうかは思っていた。 あのめーりん。頭は悪そうだったが、性格は良さそうだった。 そもそも見返りもないのに他人を手伝うなど、ゆっくりとして極めて希少な存在だ。 もしかしたら友達になれるかも知れない。 ゆうかは珍しく鼻歌などハミングしながら、帰巣への途上へついた。 心なしか、洞窟へと帰るその足取りもやや軽かったかも知れない。 丘陵へ向かう森の獣道を、ずーり、ずーりと這いずっていく一匹の薄汚れたゆっくりがいた。 「ゆっ、にんげんがあんなにつよいとはけいさんがいだったんだぜ。ひきょうなんだぜ。ずるいんだぜ」 人間を倒すと大口叩いていたあのまりさだ。 あの後、畑を荒らしている所を案の定村人に見つかり、仲間が叩き潰されている合間に逃げて来たのだ。 「でもこのままじゃまりささまがむれにもどれないんだぜ」 狩り(畑荒らし)の言いだしっぺだったまりさが、他のゆっくりを見捨て一人だけ無事に逃げかえったのだ。 そのまま群れへと戻れば、家族を失ったゆっくりたちに糾弾され、制裁は必至である。 「それもこれもどすのせいなんだぜぇ!!」 「むのうなどすのせいでみながうえているからやさしいまりささまがみなにおやさいさんをくわせてやろうとかんがえたのぜ!!」 「ほかのれんちゅうがしんだのはじごうじとくなのぜ!!やつらのあしがおそいからぐずなにんげんなんかにつかまったのぜぇ!!!」 まりさはこの場にいないどすや死んだ仲間たちへと当たり散らすが、状況が好転するわけでもない。 「ゆぅぅ……まりささまはわるくないんだぜ」 力なく呟くと、再びまりさはずーりずーりと獣道を這いずり始めた。 めーりんと出会ってから三日目。 周囲はまだ薄暗い。黎明の陽光が微かに幻想境の山系の稜線を薄闇から浮かび上がらせていた。 他のゆっくりが間違っても起きてこない時間帯。 ゆうかは、昨日ゆっくりの群れに荒されたもう一つの株を調べにいっていた。 途中、栗鼠などの小動物と行きかったが、幸いゆうかには襲い掛かってこなかった。 紫陽花は酷い物だった。紫陽花は、完全に食い荒らされ、根こそぎほじくり返されていた。 その癖、まだ食べられそうな部分も踏みにじられて打ち捨てられている。 (……自分で踏んだものは、もう食べる気がしないのかしら。) 供養の代わりと云う訳ではないが黙祷を捧げていると、一本だけまだ綺麗な紫陽花の枝が落ちているのに気づいた。 「…………」 見つめているうちに、何気なく枝を咥えた。 「……受け取ってくれるかな?」 呟きながら、跳ねるようにしてめーりんの巣へと向かう。 ゆうかは、めーりんと会うのが楽しみになっている自分に気づいていた。 その頃、まりさはようやく丘陵に帰りついていた。足取りも遅くのそのそと登り坂を這いずっていく。 胃も存在しないのに、ぐぐーと顎(?)のあたりが鳴った。 「それにしてもはらがへったのぜ」 周囲を見回すが、此の辺りで取れる美味そうな虫や草などは、軒並みゆっくりたちが喰い尽くしてしまっていた。 地面には、苦い雑草が点々と生えているだけだった。 「こんなものよろこんでたべるのはあのゆうかだけなのぜっ」 文句を云いながらも空腹には勝てない。 まりさが雑草を口に運ぼんでいると、誰かの声が耳に入った。 「……気に入った?」 「……ゃお!」 「付けてあげる。動かないで」 「じゃ、じゃおっ?!」 声のするのは、あの変わり者のゆうかがよくうろついている大して餌の無い禿土の辺りだ。 特に理由が在る訳ではないが、まりさは以前から何となく変わり者のゆうかにゆっくり出来ないものを感じていた。 だから人数がいる時は兎も角、一人きりの時はこの辺りに近づかないようにしていた。 「……このあたりにくるのははじめてなんだぜ」 今も何となく落ち着かないながらも、声の主を探して何気なく岩の陰から覗き込んでみた。 日頃からまりさが馬鹿にしているめーりんが其処にいた。 めーりんが飾りにしている鮮やかな花弁で彩られた紫陽花の枝に、まりさの目は釘付けになる。 無論、美しさに心打たれたのではない。鮮やかな濃紺の花弁がまりさの食欲を激しく刺激する。 「くずのめーりんがうまそうなものもっているのぜ。なまいきなのぜ。まりささまがもらってやるのぜ」 涎を垂らしたまりさが飛び出そうとした時、照れたように頬を赤らめながらも嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねているめーりんに続いて、 ゆうかが物陰から姿を現した。慌ててまりさは岩陰に身を隠す。 「ゆっ、くずめーりんがえさとりのへたくそなゆうかといっしょにいるんだぜ。どういうことなんだぜ?」 何かあると感じたまりさは、二匹の後を尾けて見る事にした。 「これはなにかあるんだぜ……そろーり、そろーり」 ゆうかとめーりんが揃って高台の方向へと向かう。その後ろをまりさが尾けていた。 ゆうかの足は意外と遅いのでまりさが見失う恐れはなかった。 「ゆっ?ここはゆっくりできない『しのがけ』なんだぜ」 めーりんとゆうかは、傾斜となっている岩場の一番右端に在る奥まった箇所から山道へと昇っていく。 「ゆっへっへっ、こんなところからのぼれるみちをみつけるとはさすがまりささまなんだぜ!」 ゆうかは、軽率にも常日頃の慎重さを忘れて周囲の確認を怠っていた。 普段のゆうかなら、まりさのバレバレの尾行に気づかない筈はなかったが、めーりんとの逢瀬に浮かれていたのだ。 此の迂闊な行動に、二匹は高い代価を支払わされる事になる。 二匹の後を尾けて一本道を登っていくまりさは、頂に近づくにつれ植物が増えていくのに気づいた。 タンポポや雛菊、クローバーなど道端には鮮やかに草花が芽吹き、木々は柔らかな葉を青々と茂らせていた。 すぐ目の前のを蝶や羽虫がゆっくりと漂い、道を飛蝗が飛びはね、草の上で雌の蟷螂が捕えた蜻蛉を貪っている。 「ゆっ!こんなゆっくりぷれいすをかくしていたなんてくずめーりんのくせにゆるせないんだぜっ!」 「だけどこんなゆっくりぷれいすをはっけんしたまりささまはやっぱりてんさいなんだぜ。むれのえいゆうなんだぜ!!」 まりさは興奮しながら叫んでいた。 紫陽花を目前にして、ゆうかは微かな胸騒ぎを感じて立ち止まった。 誰か、他にいるような気がした。周囲を見回す。特に違和感は感じない。 「じゃお?」 「なんでもないわ」 「じゃお」 気のせいか。ゆうかは頭を振ってめーりんとの会話を楽しむ事にする。 めーりんが何時ものように紫陽花の前に鎮座した。 「ふふっ、守ってくれるの?」 「じゃお」 めーりんは、何かを守る事に生きがいを見出すと聞いたことが在った。 或いは、この紫陽花を守る対象に定めたのだろうか。 ゆうかはうっとりとした目で、大きく枝を広げた紫陽花を見上げた。 「もうすぐ満開になるわ。その時が一番、きれいに花が開くの」 高台の頂で昼御飯を一緒に済ませ、正午をやや過ぎた頃に二匹は別れた。 時刻は既に夕方。もう間もなく日が沈む。 大して夜目の効かないゆっくりが活動するには、かなり危険な時刻である。 ゆうかは必死で駆けていた。 満開の紫陽花を眺め終わってから、夕刻、家に戻ってもまだゆうかの胸のざわめきは収まらなかった。 胸のざわつきは収まるどころか、徐々に強くなっていく。何かが変だった。 考えてみれば、帰り道で誰一匹ゆっくりの姿を見かけなかった。余りにもゆっくりがいなかった。 いつもは、狩りをするゆっくりの三匹や四匹は必ず見掛けた。こんな事は初めてだった。 余りにも胸がどきどきするので新鮮な空気を吸おうと表に出て、ゆうかは凍りついた。 何匹ものゆっくり家族がゆうかの家の前と小川を通り過ぎていく。 疎らな隊列は、見間違いようもなく真っ直ぐ高台の方へと伸びていた。 「おきゃーしゃん。れいみゅおなきゃすいちゃよ!!」 「まりちゃもすいちゃよっ!!」 「ゆっゆっ、もうすぐだよ。みんな、すぐにおいしいごはんをおなかいっぱいたべられるからね」 駄々をこねる赤まりさと赤れいむを母れいむが叱り飛ばしていた。 間違いない。わたしの庭園が見つかったのだ。 ゆうかの全身から力が抜ける。あの時、やはり誰かに見られていたのか。 思えば、めーりんと会っていた頃から、微かな違和感を感じてはいたのだ。 だが、その虫の予感をゆうかは受け流していた。自業自得か。 「ゆっ、おきゃあしゃん。むきょうきゃらだれきゃくるよ!」 赤ゆの一匹が声を上げる。高台の方から転がるように駆けてきたのは、ゆっくりぱちゅりー。 れいむ一家の前で立ち止まった。 このぱちゅりーはぱちゅりー種にしては珍しく身体能力が高く、群れでの相談役も務めていた。 「むきゅー、むきゅー、れいむっ!まだいかないほうがいいわ!」 「ゆっ、どうしてそんなこというの、ぱちゅりー!ちびちゃんたちがおなかをすかせているのよっ!?」 「むきゅ!くずのめーりんがあばれているのよ!」 息を整えながら、れいむに事情を説明するぱちゅりー。すぐ傍らで真剣な眼になったゆうかが耳を欹てている事も気にしない。 「ゆっくりぷれいすをひとりじめしようとしてだれもちかづけないのっ!!」 「ゆっ、ゆるせないくずだね、めーりんは。ゆっくりぷれいすはみんなでゆっくりするばしょだよっ!」 まさに自分がめーりんをその家から追い出して乗っ取った事も忘れて、義憤に駆られたれいむはめーりんを罵った。 「むきゅ!こうしてはいられないわ!いまからどすをよびに…………」 ゆうかは二匹の会話を最後まで聞いていなかった。 めーりん!彼女はまだあそこにいるのか。しかも一人で戦っている。 紫陽花の庭園へ向かって、ゆうかは全速力で跳ね始める。 高台への抜け道から石や木を排除した事は裏目に出た。 それでも罠の全てを排除したわけでは無い。 其処此処に足の裏を怪我し、道端でゆーゆー呻いているゆっくりたちがいた。 それを全て無視してゆうかは高台の頂へと急ぐ。 途中で雛菊やヒナゲシを貪っているれいむやまりさなども全て無視した。 息を切らせ、汗だくになってゆうかは頂まで走り抜けた。 今の今まで紫陽花を必死で守っていたのだろう。 文字通り、襤褸雑巾のようになっためーりんが地面に倒れ伏し、その周囲を群れのゆっくりたちが取り囲んでいた。 「ゆっ、くずめーりんのくせにまりささまのきれいなかおにきずをつけてくれたんだぜ」 「くずのくせにてこずらせてくれたんだねー。ゆるさないよー」 「さすがとかいはね。いなかもののめーりんなんかわたしたちのてにかかればこのとおりよ」 「よくいうみょん。みょんがこなければおまえたちみんなこのめーりんにやられていたみょん」 めーりんの上で調子に乗ったまりさがぴょんぴょんと飛び跳ねた。ちぇんがめーりんに噛み付き、頬を引っ張る。 衝撃に揺れるめーりんは声一つ発しない。 ゆうかの居る場所からではめーりんが生きているのか、死んでいるのか。それさえ分からない。 こいつら…… ゆうかの頭に餡が昇った。 長い歳月を勝ち目の薄い戦いは避けてきた筈なのに、一瞬で分別も慎重さも何もかもが消しとんだ。 残ったのは、獰猛なまでの憤怒。 ゆうかが黒い疾風となってめーりんを取り囲んでいたゆっくりたちに襲いかかった。 こんな時までも、頭の片隅に冷静さは残していたのだろう。 まず最も手ごわいみょんに後ろから襲いかかる。 「むっ、なにやつ?」 襲撃に気づいたのはさすがに百戦錬磨のみょんだが、ゆうかに背を向けていた為、僅かに反応が遅れた。 その一瞬が致命的だった。背中を大きく食い破られ、次いで圧し掛かったゆうかによってチョコレートを噴出させる。 「びっぐまらぺにすっ!!??」 みょんの咥えていた軽く鋭い木の枝を口の端に咥えると、ゆうかはさらに跳躍した。 そこからのゆうかは、まさに獅子奮迅の働き。否、一方的な殺戮であった。 元々、ゆうか種は捕食種だ。他のゆっくりに比べて体格も力も大きく勝る。 ましてこのゆうかは独り立ちしてから三年。その間、殆ど休まず花の世話をしてきた。 膂力にしろ、咬筋力にしろ、普通のゆっくりなど比較にならないほど発達している。 栄養状態もよく、木の棒の使い方にも慣れ、動きも敏捷。そして怒り狂っていた。 傍で呆然と佇んでいるれいむに圧し掛かり、足を噛み破った。 「ゆぎゃあああああ、いぢゃいいいいいぃぃ!!」 戸惑いながらも戦おうとするまりさの顔面に齧り付き、顔の殆ど半分を抉り取った。 「ゆ゛っぐりでぎないぃぃぃ」 後ろから飛び掛かってきたちぇんを振り向きざまに棒で一撃し、左目を潰した。 「どぼじでごんなごどするのおおおぉぉぉぉ!!??」 襲いかかってきたありすに棒の一撃で切り裂いて、餡子をまき散らした。 「も゛う゛や゛へ゛て゛え゛え゛え゛!!」 逃げようとしたぱちゅりーに圧し掛かり、押し潰した。 「なんでゆうかがごんなにづよいのぉおおおおおおおおおおおおおお??!!」 ゆっくりたちにとっては悪夢だった。たった一匹のゆうかを前に、見知った顔が次々と命を落としていく。 普通のゆうかなら、手強いにしろ大人のゆっくりが五匹も一斉に掛かれば何とか撃退できない事もない。 だが、このゆうかは違った。戦い慣れしており、近寄った奴は、端から目や口を抉りとられた。 振り回す木の棒は、ゆっくりなど簡単に叩き潰し、当たり悪ければ一撃で致命傷を与えた。 過去何十回と戦い、勝ち残ってきた捕食種の戦闘能力は、普通のゆっくりなど比較にするのも馬鹿馬鹿しい。 だけど、それは結局、あくまでゆっくり水準での話でしかなかった。 「ゆがああああああああああああああ!!!」 憤怒を孕んだ絶叫と共に優香の体が大きく弾き飛ばされた。 地面をぽんぽんと転がっていく。 激しい衝撃と苦痛にゆうかの意識が飛びそうになる。 「なんなのごれええええええ!!」 だみ声で絶叫してるのは、黒い帽子の巨大饅頭。群れを統率するどすまりさだった。 「どすぅ、まりざが……ありずのまりざがぁ」 「でいむなんにもじてないのにぃぃぃ!」 泣き叫んでいるゆっくりたち。 紫陽花の庭園には子ゆっくりを含めて大小三十匹以上のゆっくりの死骸と餡が転がり、無傷のゆっくりは殆どいない。 「これはゆうかがやったの?!」 空気を震わせるようなどすの問いかけに気力を回復させ、口々に叫ぶゆっくりたち。 「そうだよ、ゆうかがやったんだよ!」 「どすぅっ!はやくゆっくりごろしをぜーざいじでぇ!」 自分の群れが、大切な仲間が。 食料も豊富なゆっくりぷれいすが見つかって、ようやくゆっくりさせてやれると思ったのに。 どすまりさの怒りは頂点に達した。 「ゆううう!ゆっくりごろしのゆうかはもうゆるさないよ!!」 「許さないのはこっちだぁッ!!」 どすの憤怒を真正面から吹き飛ばすようなゆうかのギラギラと光る激しく強い眼にどすは息を呑んだ。 なんでこいつはこんなめをするんだ。 どすは怯み掛けた自分に気がついて、己を奮起する為に歯を食い縛った。 ひるむひつようなんかない ただしいのはじぶんだ わるいのはこいつだ そうだ。おちつけ。じぶんにはどすすぱーくがある。まけるはずはない。 「みんな、ゆっくりさがってね。どすすぱーくでわるいゆうかをやっつけるよ」 ゆうかは歯軋りしながら、どすを睨み続けている。 「どす・すぱー……」 どすは茸を噛み砕こうと口を大きく開いて…… 鋭い破裂音と共にどすの口から餡が噴き出した。 「……ゆっ……ぶっ?」 予期せぬ鋭い痛みにどすは反応できない。 ついで白光がどすの体に突き刺さり、その右半身を吹き飛ばす。 「ゆげええええええええ!!いたいよ!!なにがおこったのぉ?」 どすが泣き叫ぶ。 ゆっくりたちは、光線が飛んできたと思しき山道に目を向けて一斉に息を呑んだ。 其処には、何匹ものゆうかが……ゆうかたちが立ち並んでいた。 先頭に立ったゆうかの手にした鉄の棒から、煙が立ち昇っている。 大きなゆうかたちだった。 人間の子供のような手足をした胴付きもいた。猫耳のゆうかがいた。麦わら帽子を被り、手には鍬や猟銃を持っている。 (もっとも、ゆうかにはそれが猟銃だとは分からなかった) 中には成人した人間とそう大きさと体形の変わらないゆうかさえおり、妖怪並みの弾幕をライフルから放ってゆっくりたちを打ち抜いていく。 どすを吹き飛ばしたのは、彼女の一撃だろう。 そしてただ一人、日傘を持った女性。 夢にまで見た向日葵の主。ゆうかにとっての神が其処にいた。 ゆっくり如きには、己の手を煩わせるのも面倒くさいのか。 のうかりんやゆうか、ゆうかにゃんたちがゆっくりたちを一方的に蹂躙していく様を、目を細めて面白そうに眺めてから、 周囲を圧する破裂音と火薬の匂いの中、倒れ伏しているゆうかとめーりんの傍らへと歩み寄ってきた。 状況の変化にゆうかの精神はついていけない。ただ戸惑った表情で、日傘の主を見上げた。 日傘の女性は、この上ない酷薄さを漂わせた冷たい表情から、一転して優しげな笑みを浮かべる。 「紫陽花が私を呼んだわ」 ゆうかは呆然と呟く。 「紫陽花……が?」 「とても大きな声だったわ。此処から夢幻の館に届く位必死な叫びだった」 めーりんが何としても此処だけは必死に守り抜いたのだろう。 他の草花が見るも無惨に食い荒らされているのに比して、紫陽花は、紫陽花だけは奇跡的に美しい姿を保っていた。 「綺麗な紫陽花」 目の前には、ゆうかの恋い焦がれていた幻想境の四季の王。その声にはまぎれもなく賞賛の響きが込められていた。 「じゃ……お」 その時、めーりんが呻いた。生きてる。 死に物狂いの奮戦の代償に、深手を負って倒れ伏しているめーりんの傍にゆうかは慌てて蹲った。 「私の庭園に来ない?」 「……庭園?」 ゆうかはその人を見上げたまま固まった。 「そう……綺麗な花が沢山咲いているのよ」 「……私が」 頭が上手く働かない。ただ一つの言葉だけがぐるぐると頭の中を回っている。 「その子も一緒でもいいのよ?」 何でだろう。自分でも分からなかったけれども、ゆうかは首をふるふると横に振った。 「やめて、やめてね。ゆうかたちはむれのみんなにひどいことをしちゃだめだよ」 動けなくなったどすは、周囲で展開される凄絶な殺戮劇にうっすらと涙を浮かべながら、ゆうかたちに懇願していた。 「どすのおねがいだよ」 冷酷なゆうかたちはどすの声に耳を貸さず、まるで機械のように効率的な動きでゆっくりたちを殺害していく。 どすは相手にされていないにも拘らず、必死の懇願を繰り返していた。 言葉による無力な懇願だけが、今のどすに残された唯一の手段だったからだ。 「どすぅ……たすけてどすぅ」 「どすぅ!までぃざざまをざっざどだずけろおおお!!はやぐじろおおお ごのぐずぅうう!!」 麦わら帽子のゆうかがうっすらと薄笑いを浮かべると、どすの目の前で固まって震えていたゆっくりたちへ猟銃を発砲した。 「あああ!!!」 どすが大きく目を見開いた。 12ゲージの散弾の一撃は、ゆっくりの表皮も餡も全て吹き飛ばした。 其処には、微かな餡子以外、何も残っていない。 「どぼちでごんなごどずるのおおお!!!!ごめんねえええ!みんな……ごめんねええ!!」 だばだばと涙を零しながら絶叫しているどすのこめかみに、別の冷たい銃口が押しつけられた。 重たい衝撃音。どすの視界が永遠の闇へと包まれていく。 断るとは思わなかったのだろう。 周囲のゆうかたちが一瞬、目を見開き、当の本人、向日葵畑の主はおかしそうに微笑んでいた。 「あら。振られちゃった」 くすくすと笑うが怒ってはいないようだ。紫陽花へと近寄っていった。 「一本貰っていいかしら?」 ゆうかが頷くと、まるで紫陽花が自分からその手に抱かれることを望んだかのように、そっと茎がその手に収まった。 「野に咲く花の美しさも、手に塩掛けた花とまた一味違う趣があるものね」 白魚の指で紫陽花の感触を楽しみながら呟くと 「此れはお礼」 今度は何処からか出した向日葵を一つゆうかの頭にそっと付けてくれた。 「やめじぇえええ!!」 「ぐるじ、ぐるじいいい!!」 「だじゅげで、だじゅげぢぇえええ!!ごろじゃないじぇええ!!」 「みゃみゃ、みゃ……ぎゃおおおおお」 「……おが……ごろじで……ごろじでぐだじゃぎぐげぎゃああああ!!!!!!!!」 「やめろぉぉぉ!ぐぞゆうがぁああ!!あがぢゃんがらでをばなぜええ!!」 「……ぱっぴっぷっぺっぽぅ!……っぱっぴぃっぷぅっぺぇっぽぉっ!!!……」 今や丘陵の至る所からゆっくりたちの苦悶と苦痛、絶望と狂気の叫びが鳴り響き、恐怖が大気を満たしていた。 赤ゆたちが餡子を吹き出しながら親を罵り、生れて来た事を呪い、その光景を目の当たりにした親ゆっくりたちは、 泡を吹きながら意味のない命乞いや抵抗を繰り返し、最後にこの上ない苦痛を味わいながら絶望と共に擂り潰されていく。 「片付きました。ヘルコマンダー」 麦わら帽子のゆうかの報告に、大形ライフルのベレー帽のゆうかが頷いた。 紫陽花を左手に、嬉しそうに日傘をクルクルと回しながら彼女が踵を返した。 ゆうかが、無数のゆうかたちもまるで訓練された兵士のようにその後姿に付き従い、夕刻の黄昏の中へと消えていく。 後には何も残らなかった。 ただ押し潰され、破砕され、四散した無数のゆっくりたちの残骸がなければ、夢を見たかと錯覚したかも知れない。 「…………じゃお」 か細い呻き声に我に返ったゆうかは、慌ててめーりんを自分の家へと運び込んだ。 めーりんは食べるのを嫌がったが、栄養の在る餡子の食事に加えて、オオバコなど薬草を使った懸命の手当ての甲斐もあったのだろう。 一ヶ月後、そこには元気に走り回るめーりんの姿が。 あの日以来、丘陵からは二匹を除いた全てのゆっくりの姿が消えていた。 ゆっくりのいなくなった丘陵の生態系は徐々に回復し、本来の姿を取り戻しつつある。 そして今日もゆうかは紫陽花を世話し、めーりんはそんなゆうかの花畑を守っていた。 高台の頂の紫陽花の群生の傍らに身を佇みながら、めーりんは時折、ゆうかが東の方向をじっと眺める事に気づいていた。 そんな時のゆうかは、身動き一つせず、そのまま消えてしまうのではないかとめーりんが恐くなる位に 儚げな、その癖、狂おしい程の情熱を込めた眼差しで幻想境の地平線の果てに見入っているのだ。 その姿を見て、めーりんの心に恐れが湧きあがってくる。 本当は、ゆうかは何処か行きたい場所が在るのではないか。そして自分が邪魔してしまったのではないか。 でも、めーりんが恐る恐るそう訊ねると、ゆうかは優しい微笑みを浮かべて応えるのだった。 此処がわたしの花畑だと
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きずな⑦~友達~後半 ※大将=太一;同一人物です。 翌日の平日、学校にて 進はこの一日、緊張して過ごしていた。 授業の内容は全く頭に入らず、先生の話は右から左へと聞き流し、給食は全く喉を通らない。 押し潰されそうな程、げっそりしていた。その為か授業の度に、先生に保健室に行ったほうが良いと言われもした。 それもこれも、朝の”あれ”が原因なのだ――― それは同日朝、進が登校した時のこと。校舎に入り、靴を脱いで自分の下駄箱を開ける。 すると、何やら一枚の紙が二つ折りで上履きの上に置いてあった。何だろうと開いて見るとそこには悪魔の13文字が記されていた。 放課後体育館裏にて待つ 太一 と、こんな按配である。 大将(太一)、手紙、放課後、体育館裏、これだけの単語が揃えば、その用件はとてもじゃないが喜ばしいものとは言い難そうだ。 授業中には、太一の一派であろうクラスメイト達が進に哀れむような罵倒するような視線をぶつける。 彼等からしてみれば、大将の本格的に進に××しようという意思が見え楽しみで仕方ないのだろう。 なんとか逃げ出せないだろうかと手段を脳内で模索している内にとうとう放課後が来てしまった。 結論としては逃げ出せたとしても、結局約束を破ったとして暴力をふるわれる。おそらく本来受ける筈だった以上の。こう至った。 仕方なく諦め、恐る恐る体育館の裏へと向かう。誰も居ないことを願う進だったが、現実は甘くはない。 そこにはイライラしながら威圧感を醸し出しながら佇んでいる大将が居た。 進を鋭い目で睨むと開口一番「遅い!」と言い放つ。そして、進へと近づいてくる。 ああ!殴られる!そう思い咄嗟に両目を閉じ、歯を喰いしばった。…だが。 だが、拳は飛んで来なかった。代わりに、肩に圧力が掛かり、その緊張感には不似合いな軽い音が鳴る。何事かと思い目を見開く。 そこには、手を進の肩に掛けながら、大将が躊躇うような憂鬱そうな表情を浮かべている光景があった。 「た、大将?」 泣く子も黙ると言われる大将とは別人だった。進、否、彼を知っている者にとってそれは実にシュールだ。 「あ、あのな…進…お前、ゆっくり飼ってるんだよ…な…?」 話が見えない質問だった。一体何だというのか? 「え…あ、うん…めーりんと…飼ってるというか…暮らしているというか…」 そうかと一言呟き、一つ息を吐く。そして続ける。 「あのさ…実はさ…オ…オレん家にもゆっくりがいるんだよ。」 進は、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。 「…それでさ…進さ…今日、めーりん連れて…その…オレん家来いよ!…あ、菓子も用意するからよ。」 進にはその急で予想斜め上の展開についていけず、思考が停止する。 「やっぱ…ダメ…か…」 大きく落胆する大将。普段、微塵にも見せないその様子にますます戸惑う進。が、辛うじて声を絞り出した。 「…いい…よ…大将の家に行けばいいんだね?」 大将はその返答に今度は年相応に顔を輝かす。 「ホ、ホントか!!じゃあ、家帰ったらすぐめーりん連れて来てくれ!」 そう言うと、大将宅への略地図が記された紙を渡し、走り去っていった。一人残された進。 「…何だったんだろ…?」 進は考えた。大将が何故、自分を誘ったのか。普段虐めている相手を家に誘う…全く以って不可解だ。 …まさか、これは罠なのだろうか?…それにしては先刻の態度はどうも変だ… いや、寧ろ、あれは演技でそれを含めて罠…?だが、大将はそんな芸当出来るほど起用ではない。 そんな泥沼に嵌り込んでいる内に早くも、進宅の玄関が目の前にあった。 行くべきか行かざるべきか…迷うものの、ひとまず、めーりんに話してみる。 「めーりん、今日、他のゆっくりと遊びたい?」 「JAO…?JAOOO!」 昨日、めーりんはゆっくり同士で遊ぶことがとても楽しいということを強く記憶に残してるのだろう。 進の提案に対し、頷いた後、動き回って肯定の意志を表す。それを見ただけでも行く価値は十分にあるような気がしてくる。 それに…やはり、あの大将の様子に悪意の類は全く感じられなかった。そして、引っかかる。 いつも、自分を率先して殴る男が昨日に限り何も手を出さなかったことが。 どうしてあのような行動を取ったのか?それを確かめたいという気持ちもあった。 「よし、じゃあ出発だ!」」 「JAOOO!」 めーりんを自転車のかごの中へ入れ目的地を目指すが、その際にもやはり帰路を辿る時と同様に思案に耽入る。 大将宅は、進宅から自転車で10分程度の所にあり、すぐさま着いてしまったのだが。 いざ、玄関の前に立つと、進は恐れと緊張を抱いた。 「JAO?」 立ち止まっている進に対し、めーりんが不思議そうな顔を浮かべる。 「わ、分かってるよ…」 そう。いつまでもぼんやりと佇んでいるわけにもいかない。 覚悟したように頷き、小刻みに震える右手で一刺し指をインターホンへと近づける。ゆっくりと。 ついに…指の先が当たり…押した。 そこからは呆気なかった。押した僅か数秒後にドアが開く。開けた主は大将本人だった。思わず目が合う 相手が何を考えているのか?自分をどう思っているのか? 二人はそう確かめるように視線を交わす。 「…あがってくれ。」 「う、うん…おじゃまします。」 二人のやりとりは明らかににぎこちないものだった。大将が背を向け、奥へと歩き出す。 他にどうしようもないのでその背についてゆく進。 最終的に、大将の部屋だと思われる所に着くまで、最初の言葉以外、一切会話がなかった。 「入ってくれ。」 「…うん…」 部屋に入る前のそれが、この間の唯一の会話だった。 大将が扉を開け、中に入る。進とめーりんもそれに続く。そこには、ゆっくりが座っていた。 「…たいち…だれかきたの?」 その声の主が目に入り、進は唖然とした。 人間の幼児の体。艶やか薄い黄色の髪。七色に輝く宝玉が下がった翼。鋭く尖った犬歯。 捕食種―――ゆっくりふらん―――と呼ばれる種だった。 進はめーりんと暮らしてはいるが、ゆっくりに関する知識は皆無に等しい。 まさか、あたかもヒトであるかの如く胴体、手足を持つゆっくりが存在するとは思ってもみなかったのだ。 何か、常識という名の根底が覆された気分になった。 「ふらん、紹介するよ。この男の子は進。このゆっくりはめーりんっつーんだ。」 「うー。ふらんです。」 「…あ、進です。よろしくね。」 「JAOOOO!」 ふらんは、どうも退屈そうに体操座りをしていた。が、めーりんが部屋の中に入るとその姿をじっと捉え始めた。 見つめられているめーりんもふらんに興味津々のようだ。羨望の眼差しを向けている。 「進…すまんが、ふらんをめーりんと遊ばせてやってくれないか。」 大将が遠慮がちに怖ず怖ずと頼んだ。 「え?あ、う、うん。いいよ。」 「ありがとな…ふらん、遊び場でめーりんと遊んできな。」 「うー。わかった。…めーりん、こっちだよ。」 「JAOOOO!」 2匹が退出する。残された二人は…やはり居心地が悪そうにしていた。 一方が、今日は天気がいいなと言うと適当に相槌を打ち、もう一方が、今日の給食のカレーが美味しかったなと言うと『そうだね』と適当な返事が返ってくる。 こんな具合に会話が瞬時に終わってしまうという流れが5回程続いた。 と、大将がこの何とも打開しがたい雰囲気を断ち切ろうと思ったのか、覚悟したようにうなずくと、再度会話を試みた。 「す、進…」 「…何?…」 「あのさ…話したいことがあるんだ。…聞いてくれるか?」 大将は緊張し、強張っていた。…いつかの進と同じような表情だった。しかし、進とは違うのは何かを話そうとしている点だ。 これは、ただの話ではない。何か別の…重要な内容なのだろう。そう感じ取った進も表情を引き締め答える。 「…分かった。聞くよ…」 その後、しばしの間、沈黙が訪れる。それは、ほんの数秒にも感じられたし、ひょっとしたら数分、数十分ものの長いものだったのかもしれない。 時の流れの感覚が麻痺してしまう程、張り詰めた空気が場を覆っていた。 進がどれ程時間が経ったのだろうと考え始めた、次の瞬間。 「すまんかった!!」 大将が両手を前につき、樽を壊す程の轟音を立てたと思ったら、突然首を垂らし土下座したのだ。 その只ならぬ様子に進は困惑した。 「ど、どうしたの?急に…」 大将は、頭を床に摩り付けたまま、震えた声で再び謝罪を述べる。 「今までお前をいじめてきて…本当すまんかった!!今更許されようとは思わん。だが、謝らせてくれ!この通りだ!!」 「…え…?その…と、とにかく顔あげて…」 「進…こんなこと言っても言い訳にしか聞こえんと思うが…そのまま黙ってオレの話を聞いてくれ…」 進はその懇願に押し黙り、彼の話を聞くことにした。 大将――― 太一 ―――はかつて一人ぼっちだった。幼い頃、人見知りが激しく、中々友達が出来なかったのだ。 しかも、体格が同年代の子に比べ格段に大きかった。そのことも災いして、太一を恐れ、近づこうとするものは中々いなかった。 だが、そんな日々もある出来事により終止符が打たれることとなる。 ある日、クラスの男の子が些細な事を切っ掛けに、太一へと殴りかかったのだ。 最初の内、ただ怯えてきただけの太一だったが、その攻撃は大して痛いとは感じなかった。そして… …たった一撃で勝負は決した。 その男の子は『何でもしますから許してください』と泣きじゃくった。そこで太一は言った。 『…”友達”になって…』 あれ…?”友達”作るのって簡単なことだったんだ。なーんだ。相手を殴って泣かせて…たったそれだけのことだったんだ。 その日から太一の生活は一変する。殴っては”友達”を作り。殴っては”友達”を作り。 友達は、みんな優しくしてくれる。太一は、いつしか喜びを感じるようになっていった。 しかし、たった一人だけ…思い通りにならない少年がいた。 いつもと同じように、その少年を殴る。が、その少年は何も言わない。ただ、痛みをこらえるだけだ。 もう一度殴る。やはり何も言わない。今度はこちらを憐れむようにじっと睨んできた。気に食わない。その目が。 もう一度殴る。蹴りも加える。泣きもしない。何度殴っても、何度”友達”になれと言っても反応が無い。 くそ…何なんだ。コイツは。…ムカツク。みんな、すぐに”友達”になってくれるのに。何がなんでもコイツを”友達”にしてやる…! …こうして、進に対する虐めが始まった。毎日のように殴り、屈服させようとした。 しかも、その虐めは、太一だけが行っている訳ではなかった。 日頃の太一に対する不満を持つ”友達”達が『進は何も抵抗出来ない弱虫だ』と知ると、進に全てをぶつけるようになったのだ。 ある日、太一はその現場を目撃してしまった。進を殴り、蹴り、更にはこう言った。 『俺たちはな…太一に好き放題やられてムシャクシャしてんだよ!恨むなら太一を恨むんだな』 太一は、この時知った。ようやく。気づいた。己の非を。恥じた。己の勘違いを。 …今まで、進になんて酷いことをしてきてしまったのか!! 一通り話し終えても、未だ大将は顔を上げようとしない。それは、鉄のように固く重いものだった。 「今度進に暴力振るおうとする奴がいたら、オレは進を全力で助ける。…これが、せめての罪滅ぼしだ…」 「…大将…顔、あげて。」 進にそう言われ、恐る恐る面を上げた。その顔は…いつから流れていたのだろうか?涙でぐしゃぐしゃになっていた。 「僕は…大将を許すよ。今まで…とっても怖かったけど…大将も…苦しんでたんだね…それを明かしてくれたこと、勇気をもって謝ってくれたこと…とても嬉しいよ。」 「…進…頼む。今ここで、俺の顔面を一発思い切り殴ってくれ。」 その申し出に進は戸惑う。 「え?…そ、そんなこと出来ないよ…」 「…けじめをつけたいんだ。お前ばかり痛い目を見てきたんだ…それ位、受けて当然だ!」 そんな真似出来ないと断ろうと思った進であったが、この申し出を無下にしてしまうのは失礼に当たる。いや、もっと別の”何か”を踏み躙ることになってしまう。 「分かった…いくよ…」 進いは暴力を喰らう時には常に受身で、人を殴ったことなど一度も無い。 幼少の頃から、父親に人を守る時を除いて暴力を振るってはいけないと厳しく教わったからだ。 しかしながら、この拳は…人を傷つける為のものではない。心を込め、大将にぶつけなければならないものだと感じた。 憎悪とは相反する―――より高尚な”何か”を――― そして…歯を喰いしばる大将の頬を狙い、全力で打った! まともに喰らった大将はその場で床に倒れ込む。 「ぐはぁ…ちくしょー…利きやがるぜ…」 痛みを訴える大将であったが、その表情から霞は消え去っていた。 進は頬抑えている大将に慌てて駆け寄る。 「だ、大丈夫だった?」 「ああ…これで…ようやく解放された気がするよ…」 立ち上がろうとする大将に手が差し伸ばされる。大将はその手をまじまじと見つめた。 「あの…その…ぼ、僕達!…もう、とも…だち…だよね…?」 その問い掛けに再び憂えを帯び始め、そっぽを向く。 「…オレには…お前を友達と呼べる資格なんてねぇ…」 「そ、そんなことない!僕は…大将と友達になりたい!これからは一緒に遊んでいきたい!…ダメかな…?」 進は内に燃え滾る感情を一生懸命に伝える。全てを許すという意志を。友達になりたいという意志を。 大将は、目元を押さえながら、震えた声で答える。 「オデなんがに…ごんなグズなんがに゛…友達い゛で、い゛い゛のがな゛…?」 「いいに、決まってるよ…さっきので、今までのことはなかったことにしよ?…ね?」 相手を許すこと。それもまた勇気なのかもしれない。 「進…お前はいい奴だなぁ…もっと…もっと早くお前に会ってりゃ…オレはこんなことにならなかったのになあ…」 ここには、蟠りなど無かった。 きっと、一人の少年の純粋さが生んだ思い違いだったのだ。悪意無き罪が生んだ悲劇だったのだ。 「…これから…よろしくな…」 「うん…こちらこそ、よろしくね…」 恥ずかしいような、照れくさいような。そんな表情とは裏腹に、二人はお互いの手を強く握り締める。 今、この瞬間、収束した。 「めーりん、たまたまであそぼっ♪ぜんりょくでっ!」 「JAO?」 たまたまという聞き慣れない単語に、めーりんは首を傾げる。ふらんが、おもちゃ箱から取り出したのはカラーボールだった。 「これを、あいてになげて、とって、なげかえすんだよ。」 成る程。キャッチボールをするらしい。 「JAO?…JAOOO!」 何をするのかと戸惑っていたが、一応の説明を理解した。そんなめーりんの返事に対し、満面の笑みを浮かべるふらんであった。 「よーし、いくよー♪それー!」 ふらんは久しぶりの遊び相手が出来て、興奮気味だった。 それが原因となり、手加減という言葉を全く知らない豪速球が、めーりんの顔面に迫ってくる! 「JA、JAOOOO!!!」 危険だと判断し咄嗟に避けようとする…が、残念ながらそれが叶うことは無かった。 顔面に命中すると同時に、人が車に撥ねられたかの如く弾き飛ばされた。 …客観的に見れば、園児が元気良く投げただけのボールだが、体の小さいめーりんにとってはそれ程の威力を誇るのだ。 運動量保存則の設問にしたくなるように、転がり始めるめーりん。 「JA…JAOOO…」 目を回し、よろめき、弱々しく鳴いた。その様子を見て慌ててふらんが駆け寄った。 「め、めーりん…だいじょうぶ?」 「JAOO…JAO!JAOOO!」 少し頬を膨らませ、痛かったと文句を述べているようだ。ふらんはへこむ。 「うー…ごめん…つぎはやさしくなげる…」 すなおに謝るふらん。反省しつつ、仕切り直しだ。 「めーりん、なげるよ♪それ♪」 今度は直線的ではなく、緩やかな軌道を描くようにしてボールは舞った。一度、めーりんの手前で落ちると、受け止め易いゴロへと変わる。 「JAOOOOO!!」 これなら大丈夫だと判断しためーりんは、体全体を集中させ、固くしてボールを受け止めた。 「うー♪取った!めーりん、うまいよー♪」 「JAOOOO……!」 ふらんの賛美に頬を染めるめーりん。照れ入っているのだろうか? 「うー♪じゃあ、ふらんになげかえして!」 「JAO…!?」 投げ返す…どうやって? 手のないめーりんにとって、それは幾らなんでも難題過ぎる… めーりんも暫し困ったように沈黙する。 「JAO、JAO、JAO、JAO、JAO、JAO、………JAO!」 何か、閃いたのだろうか。ゆぴーんという効果音まで鳴る。 めーりんは、ボールを口に咥えると助走をつけ、首を右斜め下から左上へと振るようにして投げ飛ばした。 …原始的ではあるが、中々賢い行動だった。ツーバウンドでふらんの元に届く。 「うー♪めーりん、すごいよー!」 「JAOOOOO…」 こうして見事、キャチボールが成り立たたせ、二人は暫くこの遊戯に没頭した。 たまにどちらかが大暴投してしまう時もあったが、それも互いに笑い合った。 だが、これではめーりんの体の負担は大きい。 「JAO…JAO…」 案の定、息を切らし初めていた。ここで、とうとうばててぐったりとする。 ふらんは心配そうにめーりんの傍に寄ってしゃがみこんむ。 「うー…?どうしたの…?ケガしちゃった?」 「JAO、JAOOOO…」 「うー。つかれちゃったんだ…うー…そうだ♪めーりん、ふらんのあたまのうえにのって!」 「JAO…?」 唐突な謎の切り出しに、訝しげな視線をふらんへと注ぐ。 一方のふらんは悪戯っぽい含み笑いをしていた。 「いいから♪ほら、はやくー♪」 手を差し伸べ誘なう。半信半疑で躊躇しながらも、その手ひらに乗った。すると、ふらんは自身の頭へとめーりんを置く。 「おっこちないように、ゆっくり、しっかりつかまってね♪」 「JAOOO?」 「よーし♪おそらへのさんぽにしゅっぱーつ♪」 子気味好い掛け声をかけると、何と言うことか。ふらんの体が浮いた! 「JAO、JAOOO!?」 その予想外の出来事に、めーりんは思わず叫んでしまった。みるみる内に地面が遠くなってゆく。 1m…2m…とうとう、屋根を越えていった。 「JAOOO!?JAO、JAOOOO!?」 めーりんは、その生まれて初めての浮遊感と高さに目を瞑り、怯え、震えている。 そんな様子をクスクスと笑い、ふらんは話し掛けた。 「めーりん、め、あけてみて♪」 「JAO…」 恐怖の最中わずかな勇気を駆使して、恐々と右目だけゆっくりと開いてみる。 ―そこには、見たことのない景色が詰まっていた。猫が、犬が、人が、家が。虫のようにちっぽけに映る。 あ、あそこにあるのは…川だ。静かで優しいせせらぎも耳を澄ませば、ここまで届く。そんな錯覚に陥りそうだ。 奥には山があった。青々と茂り、上の方を眺めると雲で頂上が見えない。 「うー♪ほんとうは、よるにみると、もっとたくさんのきらきらがみえて、とってもえれがんとなんだよ♪…今、見せられなくてごめん。」 残念そうにするふらんだが、めーりんはこれだけでも十分満足だった。 「JAOOOO!!JAO!」 「うー♪よろこんでもらえてうれしい♪」 その後もゆっくりと旋回し、色んな場所を見に行く。時が経つのも忘れる程、素敵な時間を過ごした。 「…あ、めーりん、あれみて!」 ふらんは西の方角を示した。その指差した地平線の彼方は紅色に染まり、今まさに日が沈まんとした。 「JAOOOO…」 美しい。ただ、ただ美しい。この空火照りは、見る者全てを圧倒し、引き込もうとする魔力を擁していた。前に一度、進と見たことがあった筈だ… それなのに、また微妙に異なる趣があった。 めーりんは思わず息を呑むことしか出来なかった。 「うー♪きょうのはかくべつにきれい♪」 ふらんもひたすら見入っている。 「JAOO・・・」 と、何の前触れもなく、めーりんがか細い溜息を吐いた。急に変わった雰囲気にフランは戸惑いを覚える。 「うー?…どうしたの?…」 「…JAOOO…」 「うー?ふらんがうらやましい…?なんで?」 「JAOO、JAOOOOOO、…JAOOOO、JAOOOO…」 めーりんは、ふらんへの羨望と同時に劣等感もいていた。 人間と同じように体を持ち、手と足を器用に使いこなし、羽をはばたかせ、自在に空を飛ぶ。 めーりんには地面を転がったり、飛び跳ねたりするのが関の山だった。 この感情は至極当然なのかもしれない。 「うー…おててやあんよはねがなくても、めーりんはめーりんだよ。さっきだって、おててがなくてもたまたまであそべたよ♪」 「JAOOO…」 「うー…そうだ♪めーりん、ふらんのおともだちになって♪」 「JAO…?」 トモ…ダチ…? 「そうだよ♪ふたりはなかよし♪うー、うー♪また、こんどいっしょにあそんだり、おそらをとぼうね♪」 その提案にめーりんの億劫は全て消え去った。 「JAOOOO!!」 「うん♪約束だよ♪」 ここで、大将と進が二人の名を呼ぶ声が聞こえてきた。探しているようだ。 これにより、空中散歩はゴールを迎えた。 閉塞的だった進もめーりんも一歩、一歩、少しずつであったが確実に変わろうとしていた。 ~続く~ 以上ひもなしでした。今回もここまで読んで頂き嬉しく存じます。以下駄文です。 人にはそれぞれ背景がある。だから、自分が正しい、相手が間違っていると決め付けるのは 単なる僻事にしかならないと思うのです。 残念ながら、相手の気持ちを正確に理解することは不可能です。 ですが、我々には『多分、こう思ってるんじゃないかな』と考える手段が残されています。 今回のエピソードはこんな暑苦しい恩師の教訓を元に考えてみました。 無事、7話目に達した私のシリーズですが…恐らく、後2話で話が完結する予定です。 完結する前か後かは分かりませんが、小ネタとして進とめーりんの更に細かい日常の風景を創作しようかなと思っています。 素晴らしいカタルシスがありました。心が通じ合うって本当にいいことですね。小ネタの方も楽しみにしてます。 -- 名無しさん (2008-12-05 16 41 51) 進とみたこと筈だ・・・?・・・誤字ですかね? -- 名無しさん (2011-08-28 21 10 48) 修正しました。 -- 名無しさん (2011-08-29 13 33 22) 名前 コメント
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※他の"美鈴の休日"シリーズと同じ設定ですが、読まなくても問題ないと思います。たぶん。 紅魔館の門番・紅美鈴は武術の達人でもあり、彼女に試合を申し込む人間が後を絶たない。また、彼女の飼っているゆっくりめーりんも強く、めーりんへの挑戦者も増えていた。美鈴とめーりんは休日の度に人里まで向かい、挑戦者の相手をしている。今のところ、双方とも負け知らずだ。 その美鈴が、ゆっくりをもう1匹飼い始めた。 ある日の門番中、例によって昼寝中の所を例によってメイド長の十六夜咲夜にたたき起こされ、一緒に門番をしていためーりんの方を見ると、昼寝していためーりんの隣で寝ているゆっくりがいた。 美鈴はまずめーりんを起こした。 「起きて、めーりん」 「…ZZZ…」 「起きろやーい」 美鈴はめーりんを揺すった。 「…じゃ、じゃお?」 めーりんはやっと起きた。 「あ、起きた。ねぇ、隣の子は誰?」 美鈴に聞かれためーりんは隣を見た。 「じゃおっ!このこはこまちだよ!」 「知り合い?」 「このこまちはめーりんのしらないこまちだよ!でもめーりんとこまちはなかがいいんだよ!」 美鈴は不思議がった。知らないのに仲がいいというのはどういうことなんだろう。 …ちなみに、美鈴が後日このことをパチュリー・ノーレッジに尋ねたところ、 「後半は種別のことを言ってるんじゃないかしら。何かの本で見たけど、めーりん種とこまち種はゆっくりの中では相性がいいらしいわ」 と言っていた。 とりあえず、害はなさそうだと判断した美鈴は、こまちに関してはそのままにしておくことにした。 その日の門番の仕事が終わったとき、美鈴とめーりんが帰ろうとすると、こまちが目を覚まし、めーりんについてきた。 美鈴はそれに気づくと、こまちを追い返そうとしたが、 「こまちはめーりんとゆっくりしたいんだよ!ゆっくりつれてってね!」 と言い、めーりんも、 「ゆっくりつれてってあげてね!」 と言ったので、仕方なくこまちも連れ帰ったのである。 それ以来、門番の仕事がないときは、めーりんとこまちはよくじゃれ合ったり、一緒に寝たりしている。 美鈴は、めーりん同様にこまちに門番を手伝わせようとして訓練させたこともあったが、めーりんほどうまくいかず、門番中や、美鈴とめーりんが挑戦者の相手をしに行く時はこまちは美鈴の部屋で留守番することとなった。 美鈴がこまちを飼い始めてしばらく経ったある休日。 珍しく美鈴にもめーりんにも挑戦者がいなかったので、美鈴は自室でのんびりしようと思っていたのだが、こまちが"ゆっくりぷれいす"に連れて行きたいと言ってきたので、散歩もかねて、めーりんと一緒に行くことにした。 こまちに言われるままに美鈴達が進むと、紅魔館の近くにある、魔法の森とは違う森を抜けた先に、少し開けた場所があった。 「ここがゆっくりぷれいすだよ!」 とこまちが言った。 こまちの"ゆっくりぷれいす"は、日当たりが良く、草が青々と生い茂り、風がとても心地よい。昼寝やピクニックにはうってつけの場所と言えるところだった。 と、美鈴達はそこに女性が1人、寝転がっているのが見えた。先客がいたようだ。 「ここはこまちたちのゆっくりぷれいすなのに!」 こまちは少し怒り気味だった。 ("たち"って、私とめーりんも含まれてるのかな) と美鈴は思った。 めーりんが指摘した。 「でもあのひとはゆっくりしてるからだいじょうぶだよ!」 確かに、ゆっくり流に言えば、女性はとても"ゆっくり"している。ゆっくりしているならばゆっくり達の敵にはならない。 美鈴達は女性に近づき、寝顔をのぞき込んだ。 (なんか、こまちに似てるなぁ、この人) と思った美鈴はしばらく女性の様子を眺めていたが、だんだんとまぶたが重くなり、しばらくすると横になって眠っていた…。 「……い、おーい…」 どれくらい眠っていたのだろうか。女の声がして、美鈴は眠りから覚めた。 体を起こし、辺りを見回すと、2匹は美鈴の腰の辺りでまだ眠っており、隣には先ほどの女性がいた。 「あ、起きた」 「…おはようございます…」 「もう夕方近いけどね」 西の空が赤みを帯び始めていた。 美鈴が尋ねた。 「え~っと…どちら様でしたっけ?」 「あたい?あたいは小町。小野塚小町だよ」 「小町…こまち…あ!」 と言って美鈴はこまちを抱き上げ、小町に見せた。こまちとめーりんも目を覚ましたようだ。 「もしかして、この子の"本物"の方ですか?」 「"本物"って…まぁ、そいつはあたいのゆっくりみたいだね」 意外な形での"本物"との初対面になった。 「…なるほど、あのこまちが美鈴達をここまで連れてきたってわけか」 小町は納得したようにうんうんと頷いた。 「ゆっくりって、結構本物に似るもんなんだな」 「そうですか?」 「そうだろ。だって…」 と、小町は、三途の河の河岸にいるゆっくり達の話を始めた。美鈴も、幻想郷にいるゆっくり達やその"本物"達の話をし、2人でゆっくりと"本物"の共通点を探し合った。おおかた探し終わった頃には、たくさんの共通点が挙がっていた。 「…な、言ったとおりだろ?」 「ホントですね」 と、2人は笑い合った。 日が沈み始めたので、2人は帰ることにした。途中までは道が一緒ということで、そこまでは2人で絶え間なく談笑していた。死者の話、挑戦者の話、裁判所の話、紅魔館の話…話の種は尽きなかった。 途中で美鈴がふふっ、と笑った。 「今の話、そんなに面白かったか?」 「いえいえ。小町さんとお話してるの、楽しいなあって」 「そっか。あたいも結構楽しませてもらってるよ」 「なんか、私たちって、結構似てないですか?」 「ん~…そうかもね」 その後も歓談は続いたが、しばらくすると、2人は別れ道までたどり着いた。 「それじゃ、あたいはあっちだから」 「ここでお別れですね」 「また会えるといいな」 「また会いましょうよ、あの場所で」 「ああ」 そう言って小町は美鈴達に手を振りながら帰路についた。美鈴も小町が見えなくなるまで手を振っていた。 数日後、三途の河の河岸で昼寝をする死神が1人。 「…かまぼこっ!?」 小町が跳ね起きた。しばらく間があいて、 「…なんだ、夢か…」 小町は辺りを見回した。腰の辺りにゆっくりが2匹。めーりんとこまちだ。ただ、場所が場所だけに2匹とも実体がない。 「…こいつら飼えるのかな…」 以下作者の言い訳など 美鈴と小町を絡ませたかった。つまりこれはゆっくりSSに見せかけた新カうわなにするやめ(ry 最初に考えてたのとだいぶ違う形になりましたが、なんとか書き上げられました。 感想、質問、誤字報告等あれば下のコメント欄へ。閲覧ありがとうございました。 尻尾の人 これがメイこまの始まりであった。 執筆速度すごいですね。どうしてそこまで速いのか知りたくなります。 時間でも止めてるんですか? -- 名無しさん (2008-11-28 23 33 09) 全ての世界は『彼』の物 -- 名無しさん (2008-11-28 23 51 30) 実は咲夜さんにスペカをお借りして(ry 移動時間が長いので、その間にネタとか部分的な本文を ケータイのメモ帳に書きためて、あとは時間と勢いがある時に ガッと書く感じですね。 あとサークルでレジュメとか資料をワードでよく作ってたんで、 そのせいでキーボード打ちが少し速いのかもしれません。 -- 作者 (2008-11-29 00 02 48) えーこまは我が彼岸。 だが…、たまにはメイこまもいいよね! 勝手に着いてくるゆこまち可愛いです。 -- 名無しさん (2008-11-30 22 14 00) 感想ありがとうございます! 1カ所、人物が違ったところがあったので修正しました。 -- 作者 (2008-11-30 23 01 18) 最後の部分を少し思いついたんで変更しました。 -- 作者 (2008-12-08 20 04 32) 名前 コメント
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目を覚ますと、そこは家の中でした。 どうやらこたつの中でうたた寝していたらしい。俺は起き上がろうか それとも炬燵の持つ気持ちよさをまだ堪能していようか迷っていた。 枕元からは 「でいぶをまぐらがわ゛り゛にじないでえ゛え゛え゛!!! さっざどどいでえ゛え゛え゛!」 なんていう声が聞こえる気がするが、気のせいだろう。俺は枕の感触を確めるために、何度か頭を枕にボンっと叩きつけた。 「ゆげぇ!」という声が聞こえる。人が寝ている時は静かにするのがマナーだと思う。 結局こたつで温まることにした俺が寝ながら蜜柑を頬張っていると、ドタドタと誰かが近づいてきた。 まりさだった。 「おにーさん! たいへんなんだ・・・ってなにじでるのお゛お゛お゛お゛!!! でいぶがいだがっでるでしょおおおおお!!!」 いきなり騒ぎ出したせいで何が大変なのかはわからないが、よほど大変な事態が起きたらしい。 とりあえず話を聞くとしよう。 「まあまあ。とりあえずコーヒーでも飲もうや。蜜柑食べる?」 「いいがらでいぶがらどいでよねえええええ!!!!」 「んで、どうしたの一体。」 まりさとれいむはこたつの上で美味しそうに蜜柑を頬張っていた。俺はココアを飲みながら話を聞くことにした。 「ハフッ! ハッフウ! たいへんなんだよおにーさん! きばめーりんがやってきたんだよ!」 「誰だよ騎馬めーりんって。牙一族か?」 「なにいってるの? ばかなの? きばめーりんはスィーにのったざんぎゃくひどうなめーりんなんだよ。」 「まりさ達の言う残虐ってアレだろ? 飾りを奪って下水に捨てたりとか、ファーストキスを奪うとかそんなんだろ?」 「れいむたちをばかにしてるの? しぬの? おにーさんはほんとうにさいていのくずだね!」 「きばめーりんっていうのはね・・・・」 話を纏めるとこうだ。どうやら騎馬めーりんはめーりんが進化した種類のようだ。 スィーを乗りこなし、枝や石などで武装するという。 自分で殺したゆっくりの髪飾りを帽子の切れ端などを髪に結びつけ、自らの強さをアピールするらしい。 各地でゆっくりの群れを襲い、子供を奴隷として連れてかえるなど残虐なんだとか。たまに飼いゆっくりも被害に合うらしい。 人間に友好的な連中らしいが、飼いゆっくりに手を出すのは不味いだろう。 中々ファンキーな連中だ。 「んでそいつらがどうしたんだい?」 「このまちにもやってきたんんだね! ゆっくりできないめーりんはゆっくりしぬべきだね!」 「そーですねー。」 「おにーさんやるきをだしてね! いまからめーりんたちのすをさがしてゆっくりしゅうげきするよ! ・・・おにーさんが ね!」 「そうだね! めーりんたちをやっつけてどれいたちをかいほうするよ! ・・・おにーさんがね!」 「「ゆっくりがんばってねおにーさん!!!」」 「ギャラクティカファントム! どっかーん!」 大きく振りかぶった渾身の一撃をまりさの顔にお見舞いした。まるでゴムまりのように吹っ飛んで行った。 「いぎゃ・・・いぎゃいよおにーしゃん・・・まりちゃもういや・・・」 「ばりざああああああああ!!!! じっがりじでええええええ!!!!」 さてと、たまにはゆっくりを救うのも悪くないだろう。 そんなこんなで街中をうろつくズッコケ三人組。すると6体の騎馬めーりんを発見した。 どうやられみりゃ(胴無し)の家族を襲撃しているようだ。 「うー! うー!」 「JAOOOOOOOON!」 「JAOOOOOOOOOOON!」 おお、すごいすごい。 あっという間に子供は連れて行かれ、親のれみりゃは無残にも食われてしまった。 「ゆゆ・・・ざんぎゃくなんだぜ。」 「まるでおにーさんだね・・・っていだいよおにーさん! ほっべをづねらないでね!!!」 さあ追跡開始だ。 それから30分。めーりんの住処にたどり着いた。そこは町から少し離れた所にある朽ちた空家だった。 どうやら空家とその周りに住んでいるらしい。よく見ればめーりんとは種類が違うゆっくり達が働かされている。 「ゆゆ・・・もうやだ・・・ゆっきゅちちたいぎゃいよ!」 「JAOOO!!!!」 「どうちてゆっきゅちちないのおおおおおおおおお!!!!! ごんなのどがいばじゃないわあああああ!!!」 ゆっくりしている子どもは情け容赦なく轢いてしまうめーりん達。 この光景にどうやら相棒2名はショックを隠しきれないらしい 「ゆゆゆ・・・・・・」 「れいむにげようよ・・・・」 「だいじょうぶだよ! おにーさんならきっとなんとかしてくれるよ!」 やっぱり俺頼りなんですね。まあいいけど。 策など用意してるはずもなく、大した道具も持ってきてない俺は堂々と住処に入っていった。 めーりんたちはこちらを見るとガヤガヤと騒ぎ始めた。するとどこからか何かが飛んできた。 それは俺の目の前にスッと降り立った。 「どうも清く正しいきめぇ丸です。こちらに人間が訪れるとは一体どのy「そぉい!!!」 俺は片手でれいむを掴むと、れいむをきめえ丸の頭に叩きつけた。 「ゆぎゃああああああああ!!! でいぶのあんよがいじゃいいいいい!!!!!!」 「なにやっでるのおにーざああああああああああん!!!!!! ばかなのおおおおおおおお!!!!!!」 「いや俺さ。きめえ丸はどうもあんまり好きじゃないんだよね。」 「ぞんなごどきいでないでしょおおおおおおお!!!! どうじででいぶでなぐっちゃうのおおおおおおお!!!!」 「れいむの強さなら問題ないさ。」 「いぎゃいよお・・・・・ もういやおうぢがえる・・・・・」 「おお、無傷無傷。」 「あれ・・・効いてねえな?」 「だがらいっだでじょおおおおおおお!!!」 とまあこんな事をしていると空家から何かがやってきた。 様々な色の帽子を身につけためーりん。おそらくボスなのだろう。 「JAJA、JAOOOOOOOOOOOOOOOON!」 「人間よ、何故ここn「だからお前はいいって言ってんだろうおおおおお!!!!」 まりさと共に繰り出したアッパーはきめえ丸を大きく吹っ飛ばした。 「おお、敗者敗者」 リタイヤ きめえ丸再起不能 やっとすっきりした俺はこいつらの話を聞くことにした。 「よーし、お前ら話があるなら聞いてやるよ。」 「・・・ねえおにーさん。きめえまるがいないのに、どうやってめーりんたちのはなしをきくんだぜ?」 まりさがボソリといった。 「いやお前ら分かるんじゃねーの?」 「なにいってるの? めーりんのはなしなんてわかるわけないでしょ? ばかなの? しぬの?」 「だってお前らみょんの、"チーンポ!!"だの"ビックマラペニス!!"だので通じてるじゃん。」 「みょんはちゃんとしゃべってるよ! めーりんといっしょにしないでね!!!」 訳分からん。気にしたら負けなのだけは分かるのだが。 さて、もう話し合いでは解決できない領域に来てしまったようだ。 仕方がないので力づくで行こう。俺は携帯で電話をかけた。 その間、めーりん達は俺達を包囲しつつある。 「ああ、もしもし。はい俺です。お久し振りです先輩。・・・ええ、実はですねえ。」 「JAJAJA、JAJA、JAOO」 「JA、JAJAJA、OOOOJA」 「JAJAJAJA」 「はい場所はそこです・・・はい。わかりました。んじゃ今度飲みに行きますか。ええでは。」 携帯の電源を切ると、俺は二人を連れて帰ることにした。 「ゆゆ? どうしてかえるのおにーさん?」 「いやさあ、加工所の人たち呼んだから帰っても大丈夫だろ。すぐ来るってさ。」 「ゆー? かこうじょたよりとは・・・おにーさんもゆっくりおちたものだね!」 「まりさのいうとおりだね!」 「まりさ・・・こやつめハハハッ!」 「ゆぎぃ? おめめにゆびをづっごまないでえええええええ!!!! いぎゃいでずうううううううううう!!!!」 「だがらなにじでるのおにーざんんんん!!!!!」 結局、騎馬めーりんの一団は加工所行きとなった。 わざわざ少人数で戦う必要もない。戦争の基本は物量である。 100数体ほどいたらしいが、勝ち目などない。誇り高き血を引く珍しい彼女らはこれから加工所の職員の玩具になるのだろう。 そして騎馬めーりんに対する対策もいずれ出来るだろう。それは別の話なのだが。 悲しいけど、これって戦争なのね。 「と、そんな訳で今日の夕飯はチーズフォンデュなのだが、美味しいかいまりさ?」 「あづいよおおおおおおお!!!! おべべにはいっじぇぐるううううううううう!!!!」 俺はテーブルの上に用意したチーズフォンデュ入りの鍋にまりさの顔面を押しつけてあげた。食べやすいだろう。 「美味しいかいまりさ?」 「あぢゅぐでぇそれどごろぶぎゅ!」 「むーしゃ! むーしゃ! しあわせー!」 れいむは幸せそうにチーズが絡まったじゃがいもを食べていた。 「そういやチーズ餡子とはどんなものなんだろうな。」 「あぎゃあ!」 そういってまりさの頬を千切ってチーズにからめ取る。 パクリと一口 「まずい。」 「まりざのがおをたべておいてひどいよおにーさん! ゆっくりしんでね!」 「ゆっくりしんでね!」 「んじゃ次はれいむが食べる番かな。」 「まりさはゆっくりたべられてね!」 「でいぶうううううううう!!!!」 【あとがき】 続きます。次はめーりんオンリーです。 そして貯まる未完成SS by バスケの人 このSSに感想を付ける
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ゆっくりマンション 6KB 自業自得 自滅 引越し 群れ 赤子・子供 希少種 自然界 人間なし 感想・批評・ツッコミを頂けると幸いです ゆっくりマンション 山の中に開けた場所がある。 南にある切り立った崖を除けば、三方を森に囲まれ、広く、草花が生い茂り、陽を遮る物が無い。 自然界に不動産情報誌があれば、優良物件と評されるに違いないここには、ゆっくりが住んでいた。 辛く苦しい冬を乗り切り、春の暖かさに開放的な気分を味わった後、若いゆっくりは巣立ちの時を迎える。 この広場に住む群れでも、若いゆっくり達の巣立ちが行われようとしていた。 この群れは外敵は少なく餌も豊富なここで、長い間生活を送っていたが、ゆっくりの数が増え、これ以上ここに住むことは出来なくなっていた。 新天地を探しに若いゆっくりが今、旅立つ。 「まりさはあたらしいゆっくりぷれいすを、ゆっくりみつけるよ」 「ありすはあたらしいいえを、とかいはにこーでぃねーとするわ」 「れいむはおちびちゃんを、いっぱいつくってゆっくりするよ」 「むきゅ、むきゅ」 巣立ちの第一陣である、まりさ、ありす、れいむ、ぱちゅりーの4匹は、思い描く未来を語り合いながら、なだらかな坂を木を避けつつ考え無しに進んでいく。 茂みを抜けた向こうに切り立った崖が姿を現した。 「すごいおおきなかべさんだね」 「ねえ、ぱちゅりー、ここならあれができるんじゃないかしら」 「そうね、ここならもうしぶんないわ」 「ゆ?あれってなに?」 ありすとぱちゅりーの会話に、れいむが疑問を差し挟む。 「にんげんさんのおうちよ」 「にんげんさんのおうち?」 「ええ、へやをたくさんつなげてできるの。まえにみたまどうしょにのっていたわ」 「すごいね、にんげんさんのおうちはゆっくりできるよ」 「あそこをまりさたちのゆっくりぷれいすにするのぜ」 まりさ達は、ここに巣を作ることに決めたようだ。 「ゆっ、ぐずのめーりんがいるよ」 しかし、崖の下にはすでにめーりんが群れを作り、穏やかに暮らしている。 崖は南を向いているので、暖かい陽が差し込む。今も何匹かのめーりんがゆっくりと昼寝をしていた。 「ぐずはゆっくりできないのぜ、たたきだすのぜ」 「まって、かずがおおいわ」 ゆっくりは余り数を数えられないが、自分達よりめーりん達が多いことくらいは分かるようだ。 数が同数以下ならば、不意打ちや袋叩きで何とかなる。けれど数が多いとなれば正面からは難しい。 「むっきゅっきゅっ、だいじょうぶよ。このぱちゅりーにさくがあるわ」 ぱちゅりーが声を上げる。 「どうするのぜ?」 「あのきにはみおぼえがあるわ。ここはむらのしたなのよ」 ぱちゅりーが崖の上に生える木を示す。 「このさくせんにはむれのきょうりょくがひつようよ…」 ぱちゅりーの作戦を聞いた四匹は元の群れへ戻っていった。 元の群れに戻った四匹は長に事情を説明した。 決死行の末に新しいゆっくりプレイスを見つけたが、ぐずのめーりんに奪われてしまった。 勇敢に戦ったが、多勢に無勢で止むを得ず撤退したなどと、九割程嘘を混ぜて誇張して話す。 新しいゆっくりプレイスが見つかったとなれば、危険な巣立ちもする必要が無くなる。 まだ村を出ていなかった巣立ち組みを含め、村総出でゆっくり出来ないめーりんを排除することに決まった。 茂みから複数のゆっくりが飛び出す。 「ここをまりさたちのゆっくりぷれいすにするのぜ」 突然のゆっくりぷれいす宣言に驚いためーりん達が、表に出て抗議の声を上げる。 「じゃおーんっ!」 「じゃお、じゃおーんっ!」 奪い取りに来たゆっくり達は、挑発するようにめーりん達を嘲る。 「なにいってるのか、わからないのぜ」 「しゃべれないゆっくりは、ゆっくりしないででていってね」 「ちーんぽ」 めーりん達は巣を守る為、崖の下に陣取った。 相対したゆっくり達は、めーりん達の方が数が多い。 「いまなんだぜっ!」 まりさがどこかに合図を送る。 すると、めーりんが何かに潰された。 「「「じゃおっ?!」」」 崖の上から村のゆっくりが、いろいろなものを投げ落としている。 ぱちゅりーの作戦はめーりんを崖の下に引きつけ、そこに上から物を落として叩き潰すというものだった。 上からの攻撃にめーりん達は身を守る手段が無い。仲間が次々と傷つき、めーりん達は混乱している。 数が少なくなったところにまりさ達が襲い掛かり、為す術も無く討ち減らされためーりん達は、森の奥へと逃げていった。 「さすが、まりささまたちなのぜ」 「ぐずがじゃまするからだよ」 「さっそく、とかいはなおうちをつくりましょう」 「ぱちゅりーのさくせんがちね、むっきゅっきゅっ」 めーりん達を追い出すと、巣立ちをした若いゆっくり総出で、新しい巣作りが始まった。 崖下に並べて巣穴を掘る。さらに土を盛って傾斜を作り、上にも巣穴を掘った。 巣穴が完成した時には、崖の下は穴だらけになっていた。 「とってもとかいはなおうちができたわ」 「こんなにゆっくりしたおうちは、にんげんさんでももてないでしょうね」 「まりさたちはいちばんうえにすむよ」 「わかるよー、すごいおうちなんだねー」 ゆっくりの目には素晴らしい高層住宅に映るらしい。 おうちが完成した後、若いゆっくり達は初めてのすっきりーを済ませ、生まれた赤ゆっくりに囲まれてゆん生を謳歌した。 季節は巡り、梅雨の長雨にゆっくりは巣に閉じ込められる。 「あめしゃん、やまにゃいね」 「あめしゃんは、ゆっきゅりできにゃいよ」 赤ゆっくりが長雨に不満の声を上げる。 「しんぱいいらないのぜ、おちびちゃん」 父親になった若まりさが自信満々に言い放つ。 「おとうさんがつくったおうちはがんじょうなのぜ、あめさんにもびくともしないのぜ」 「さすが、おとうしゃんだね」 「しゅごいしゅごい」 赤ゆっくりが父親を褒め、はしゃいでいるところに、母親になった若れいむが口を挟む。 「だけど、おちびちゃんがふえたから、すこしてぜまだよ」 「ゆゆっ」 確かにそうだと感じたまりさは、どうするか餡子をめぐらせ、 「ぞうちくするのぜ」 長雨でやることも無いのを幸いに、もっと奥まで掘り進めることにした。 まりさが巣の奥で土を掘り進めていると、上から落ちた何かが頬に当たった。 「なんなのぜ」 頬に当たり、地面に落ちた何かを確かめようとするが、見えるの土ばかり。 疑問符を頭に浮かべたまま、まりさは穴掘りを再開した。 それから何度も、上から落ちてきたものがまりさに当たる。 そのたびに作業を止め、落ちてきたものを確かめようとするが、それらしいものは見当たらない。 「いったいなんなんだぜっ!ゆっくりしないででてくるんだぜっ!」 最後にはまりさはかんしゃくを起こし、巣の奥で飛び跳ねた。 その時、重く低い音が崖の下の巣全体に響いてきた。 「な、な、な、なんなのぜ」「なんなのかしら」「おかーしゃん?」「なになに」「むきゅー」「こわいんだじぇー」「ちーんぽ」「わからないよー」 長雨と無計画に掘られた穴によって、地盤が緩んだ崖は、まりさの飛び跳ねた衝撃を引き金に、大きな音を立てて崩れ去った。 梅雨が明け、からりと空が晴れ渡る中、乾いた地面を走る一匹のゆっくりがいる。 まりさ達に巣を追い出されためーりんだ。 森の奥に逃げた後、めーりん達は知り合いのゆうかの世話になっていた。 梅雨のある日、崖から響いてきた大きな音を聞いたこのめーりんは、元の巣がとても気になり今こうして走っている。 茂みを抜けためーりんの目に入ったのは、懐かしい崖ではなかった。 梅雨のあの日に、上と下に住んでいたすべてのゆっくりを飲み込んで崩れた崖は、なだらかな丘に姿を変えていた。 山の中に開けた丘がある。 四方を森に囲まれ、広く、草花が生い茂り、陽を遮る物が無い。 自然界に不動産情報誌があれば、優良物件と評されるに違いないここには、ゆっくりが住んでいた。 ちるのやるーみあが追いかけっこをしている。その向こうで、ゆうかが植えた花や樹の手入れしている。 そして暖かい陽の射す丘で、帰ってきためーりんがゆっくりと昼寝をしていた。 書いたもの ・ふたば系ゆっくりいじめ 732 門番ゆっくり トップページに戻る このSSへの感想 ※他人が不快になる発言はゆっくりできないよ!よく考えて投稿してね! 感想 すべてのコメントを見る 希少種は絶対優遇!というのは、希少種にゲスが少ないから虐待する理由が無いからでは? その経緯が簡略化されて、希少種=優遇という風潮が出来ただけ。 個人的には、希少種でもゲスなら虐待したいwww みょん種が迫害されないのは、 ・喋れる単語が「ちんぽ」「まら」「ごりっぱさま」など複数あること ・何故かみょん種の言葉は通常種に通じること ・中身が唐辛子系のめーりん種に対し、みょん種はホワイトチョコであること このあたりが通常種とみょん種の仲がいい理由では? -- 2018-02-16 01 40 24 ゲスは消えろ -- 2017-05-06 00 30 39 どうせならあっさり殺さずに徹底的にゲス通常種を虐待してくれればよかったのに -- 2016-09-14 20 13 47 ↓ごもっとも -- 2016-02-14 18 32 09 希少種を虐待する馬鹿は首吊って死んでね -- 2013-12-23 13 28 03 イイハナシダナー -- 2013-08-27 01 34 36 じゃおーん -- 2013-08-22 08 24 21 書く人によって好みも様々でしょ。俺はゲスなら希少種の虐待もOKだ。善良ならまりさもれいむも愛でられる。 勝手に自分の中の『絶対の掟(笑』とやらを人に押し付けるなよ たしかに同感だわ。 通常・希少問わずゲス→死 善良→愛で -- 2013-03-02 18 09 07 ↓me tooだわ -- 2013-03-02 18 06 46 よう、餡子脳以下のクズ野郎↓ -- 2013-01-16 22 33 35 めーりんゆうぐうのクソあきって名前が似合いそうな作者だな。 -- 2012-11-27 22 02 42 希少種優遇は良いんだけど、めーりんなら即優遇確定っていうこの風潮があまり納得できない -- 2012-04-06 18 21 20 最後にはめーりんが救われる内容でよかった めーりんを追い出した糞饅頭共ざまああああwwww -- 2012-04-06 01 09 06 ↓↓俺もそう思う。かなこさま虐待はダメ絶対! でもやっぱり自分の好みを 押し付けるのはよくないと思う。あとこういう議論になってる米で自分の好みを書くのは違うと思う。 (あれオレもかwww) -- 2012-01-11 23 49 14 ↓書く人によって好みも様々でしょ。俺はゲスなら希少種の虐待もOKだ。善良ならまりさもれいむも愛でられる。 勝手に自分の中の『絶対の掟(笑』とやらを人に押し付けるなよ。 -- 2011-07-26 23 51 17 希少種虐待でも通常種優遇でも作者の好きなように書けばいい、ルールなんかない ただしめーりん・かなこ虐待とまりさ・れいむ優遇だけは絶対にダメ、これは絶対の掟 -- 2011-07-18 09 28 23 下でもう触れてる人いるけど 「じゃおーん」は駄目で 「ちーんぽ」はいいのかww -- 2011-06-04 15 38 32 一つ言えるのは、希少種は最高だからだめだけど通常種はクズだから虐待していいよ、って言う人は、自分たちは最高にゆっくりしてるからいじめちゃだめだけどめーりんはゆっくりしてないクズだからいじめていいんだよ!っていうゆっくり達と、根本的な部分でほとんど変わらないということ。両方とも自分で培った根拠や裏付けが無い自信だけが絶対の正義だもんな。 -- 2011-01-22 18 15 28 とりあえずふたばでは希少種を大変強く贔屓にする傾向があるよと それだけのことだ。下の方の米たちよ 壺(現したらば)だとそこまででもないんだがな 何か理屈があってそうなってるのではなくてそういう趣向の人が多いだけ -- 2010-11-20 15 48 11 めーりん達を虐殺する下種共ざまぁwww ゆっくりに建築技術なんて無理やったんやなー ワロタw -- 2010-10-31 15 13 10
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「ふたば系ゆっくりいじめ 824 遭ゆっくり/コメントログ」 ゆっくりできるね -- 2010-04-18 21 36 04 ゆっくりできたよ! -- 2010-06-16 17 56 21 むっきゅりしてるわ! -- 2010-06-29 23 14 30 ゆっかりしているわ! -- 2010-06-30 01 54 49 むらむらしてるね! -- 2010-08-03 14 25 23 じゃおじゃお! -- 2010-08-27 21 52 41 うっうー! -- 2010-09-07 15 09 25 めーりん最高だっ! ゆっくりできたよー -- 2010-11-11 11 50 49 じゃお~ん -- 2010-11-28 06 30 55 めーりんは優しいゆっくり -- 2010-12-06 04 03 26 真の意味でのおたべなさいを見た・・・これこそが原初の誓い -- 2011-08-27 01 03 29 こんなめーりんなら嫁にする! -- 2011-09-28 00 15 58 ゆっくりできたのぜ! -- 2012-07-11 19 25 51 初対面なのに自分の命を差し出せるとか優しすぎるだろ。 -- 2012-10-06 00 55 29 めーりんは優しいんだねー。わかるよー -- 2014-06-03 21 23 54 めーりんかっけー -- 2017-01-16 00 34 47 めーりん大好きかコンチクショー! 俺も大好きだコンチクショー!! ※原初の誓いか。最近見なくなったな、こういう本当の意味でゆっくりしたおたべなさい。 -- 2018-02-16 02 31 42
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「う~あづい~・・・」ゆっくりれみりゃがだれている。 今、幻想郷では諸般の事情から電力が不足しており「欲しがりません秋までは」のスローガンの元、絶賛節電中。 ここ、こうー♪まかんでもエアコン使用禁止令が出てしまったのだ。 「おぜうさま、そんなだらしないことでは瀟洒なゆっくりにはなれませんよ」ゆっくりさくやがたしなめる。 「エアコンが使えなくてもゆっくり涼む方法はあります。まずは水風呂に入りましょう」 れみりゃを水風呂に入れると、風呂上がりに爽快バブシャワーを全身に塗る。 「う~♪ひえひえ~♪」 「仕上げよ!めーりん、ペットボトルの水持ってきて!」 「じゃおっ!了解!」冷蔵庫の前に立つめーりん。 「違ああああう!そこじゃない!」 さくやのナイフがめーりんの帽子に刺さる。 「ちょ、帽子に少女ゆっくりを仕込んでなかったら永遠にゆっくりしてたよ!」 「冷蔵庫の正面に居たら扉を大きく開けなくちゃならないでしょ!側面に立って開け幅を小さくしなきゃ」 「あっ、そうか」 「取る前にどこに何があるかイメージしてから素早く取るのよ」 「じゃおっ!」めーりんの三つ編みがヒュンヒュンと素早く取り出す。 仕上げにペットボトルの水をれみりゃにかける。 「う~!ちべたあぁぁぁい!」 れみりゃの体をバスタオルで微妙に水滴が残る様に拭く。 すかさず扇風機の前に座るれみりゃ。ドロワ一枚の姿はカリスマブレイクにも程があるがこのさいそんな事は言ってられない。 爽快バブシャワーの冷んやり感とさらさら感が風による気化熱冷凍法の効果をアップさせる、しかし水が乾くと風はむしろ温風に変わる。 さくやはそこでおもむろに扇風機のスイッチを切った。 「う~なんでぇ~」 さくやは霧吹きでれみりゃの体を湿らせると、めーりんは冷凍庫から凍ったペットボトルを扇風機の前に置いて再び扇風機のスイッチを入れた。 「うー!」 再び体が冷んやりし始めた上に風そのものも冷んやりして来た。 「おぜうさま、ペットボトルに足をつけてみてください」 「足が冷えれば全身も冷えてきますよ」 「う~♪涼しい~♪」れみりゃがようやくゆっくりしはじめると 「うー!さくやー!氷が溶け始めたよー!」 子供プールに氷を入れてつかっているふらんが叫ぶ。 「あっ!いもうとさま!しかしもう氷は・・・」 「そんなことよりおうどんたべましょう!」 ざるうどんを抱えためーりんが入って来た。 「う~・・・でもぬるいんじゃ・・・」 シャキーン! 「冷たーい!」 「これも仕上げに冷やしたペットボトルの水で締めてますからね、コシが違いますよ!」 「めーりん、ぱちゅりー様は?」 「アイスノンの上でこあくまが選んだホラー小説を読んでるわ」 見ると疲れて眠っているこあくまの羽はそれでも緩やかにぱちゅりーに風を送っている。 お腹が膨れたふらんも、ようやく落ち着いたれみりゃも寝付いたようだ。 「私たちもそろそろゆっくりしましょうか・・・」 「そうですね~・・・」 さくやとめーりんはのろのろと冷蔵庫に向かう。 「ゆふぅ~冷えたシリコンのPADはゆっくりできるわねぇ~・・・」 「めーりんはこのアイスノンでシエスタするよ・・・」 「それじゃゆっくり・・・」 「していってね~」 zzz... 夏は知恵を絞ってゆっくりしていってね!!! 名前 コメント
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復讐のらん ――復讐のめーりん続編・ぱちゅあきりすぺくと―― 82KB ※容量オーバーの為、勝手に分割しました (ぶっちゃけ、主役たちの知能がゆっくり基準でチートレベルに高いけど、そうしないと話が進まないのでわかってね!) (『めーりんの復讐編』は、らんサイドから見たアナザーストーリー。 『復讐の復讐編』は、まあ後日談みたいなものだよ!) 『めーりんの復讐編』 「ちぇええええええん! どこだー!?」 日が傾き、薄暗くなった森で、ゆっくりらんがひたすらに伴侶のちぇんを探していた。 ちぇんが狩りに行くと言って大木の根元の巣穴を出てから、夕食前になっても帰ってこないので、心配して出てきたのだ。 そして森の中に響き渡った悲鳴を聞いた。 「らんじゃまあああああああっっっ!」 紛れもない、自分の伴侶のちぇんの声だと思い、その声のする方に駆けつけた。 そこにいたのは、耳も尻尾も千切れ、体のあちこちの傷からチョコクリームを垂れ流しているちぇんだった。 「ちぇ、ん……?」 変わり果てたちぇんの姿を見て、大丈夫かと一も二もなくすり寄ろうとした。 が、そんなちぇんの口から発せられた言葉を聞いて、らんは呆然とした。 「らんじゃば……おぞずぎだよ……なにやっでだの?……でも、ちぇんはやさしいからゆるじであげるね……」 「ぐずのめーりんのせいでぼろぼろにされちゃったよ……まだそのへんにいるはずだから……さっさとさがしだじでごろじてね……」 違う! こんな汚い言葉を吐く生意気な野良猫が、うちのちぇんのはずがない! そして、らんはそのボロボロのかたまりを無視して、ちぇんの捜索を再開した。 ちぇんとともに歩いた場所は、全て探し尽くした。が、その二叉の尻尾の影すら見あたらなかった。 空腹に苛まれ、既に長い時間歩き回って、足の方もぼろぼろだった。 それでも、その苦痛を我慢して、我慢して、歩き回り続けてきた。 いい加減限界が近いことをらん自身、分かっていたが諦めきれなかった。 そんならんを、ふと正気に戻させるものがあった。 「ちびちゃんたち、そろそろばんごはんのじかんだよ! ゆっくりおうちにかえろうね!」 「「はーい、おきゃあしゃん!」」 ゆっくりれいむの親子だった。 冷静になってみて、ふと自分の軽率さに、らんは体を震わせる。 子供達だけで、巣に留守番させっぱなしだった。 酷く嫌な予感がする。慌てて、らんは巣の方に跳ねていく。 先ほどの、どうしようもない暴言を吐いていたちぇんは、既に動かぬゆっくりになっていた。 哀れみなど覚えている暇もなく、らんはその横を通り過ぎる。 全く楽観が無かったわけではない。 ひょっとしたら、ご飯を採って帰ってきたちぇんと入れ違いになったのかもしれない。 ちぇんと子供達は、沢山の夕食を目の前にして、帰ってこないらんをゆっくり待ちぼうけしているのかもしれない。 そうであってほしい、と願った。 が、残念ながら、その願いはかなうことはなかった。 それどころか、そんな願いをあざ笑うような、想像を絶する地獄の光景がらんを待ち受けていたのだった。 らんは自分の巣に戻ってきた。 が、巣を目前にして、歩みを止めた。 ――うー、うー♪ れみりゃか、それともふらんか。楽しげな鳴き声が、聞こえた。 子供達のいる巣穴の中から。 「あ……あああ……」 どれだけらんの感情が拒絶したとしても、もはや悟らざるを得なかった。 自分の子供達が、捕食種によって皆殺しにされたことを。 「うー、まだちょこがのこってるー♪」 「ちぇんのあまあま、おいしいどー♪」 巣穴の奥に、二つのもぞもぞと動くものが見えた。 細く、にやりと見開かれた目が、小さな赤い光を保っていた。 敵は二匹。 殺してやる。絶対に殺す。 いかに大人のらんといえども、捕食種二匹相手では勝ち目はほとんど無い。 普段なら、そのくらいの冷静な判断は出来る。 だが、冷静さなど、今のらんには足止めの役にも立たない。 そして、らんは巣穴に向かって駆け出そうとした。 そのときだった。横から何かがぶつかってきて、らんは巣の横の茂みに突っ込んだ。 「!?」 「だめよ、らん!」 そうささやきかけてきたものの正体を見て、らんは目を見開く。 ゆっくりゆかりんだった。 このらんにとっては、ゆかりんに会うのは初めてのことだった。 何しろ、ゆっくりゆかりんという種族は、どこにいるのかも皆目検討がつかないのだ。 その見つけづらさは、人間にも捕獲成功例はおろか、目撃例すらほとんど無いほどだ。 ただ、ごく稀にゆっくりらんと共にいる光景が見られる程度の存在。 そのときは、らんがゆかりんの言うことを何でも聞く主従関係が確認されている。 「うー、ごちそうさまー♪」 「ちょこのなくなったごみは、おそとにぽい♪するどー」 「らん! かくれるのよ! なにしてるの、はやく!」 そう言って、ゆかりんはらんの体を茂みの奥に自分の体もろとも押し込んだ。 茂みの中から、ゆかりんは巣穴の方を見る。 そして、れみりゃが外に出てきた。 なにやらだらりとした皮状のものを、口にくわえてぶらさげていた。 れみりゃは、その口にくわえているものを巣の横に放った。 狙ったわけではあるまいが、それはらんとゆかりんが隠れている茂みの前に落ちた。 「うー、くらくなってきたんだどー、しょくごのでざーとをたべたいどー」 「うー、ふらんすっきりしすぎてつかれたー」 「あまあまさがしにいってくるどー、ふらんはすのなかでまっているんだどー」 巣穴からちょっと姿を見せたふらんにそう告げて、れみりゃは夜の森へと飛び出した。 「しんじられないわ。れみりゃとふらんが、あんなになかよしにしているなんて……らん?」 ゆかりんは、らんの方を向いた。 らんは、茂みの前にうち捨てられた、子ちぇんだったものの残骸をぼんやりと見ていた。 潰され、中身の完全に吸い取られた死骸の顔は、醜くゆがんでいた。 二叉の尻尾がなければ、何の死骸かは分からなかっただろう。 「あんなにゆっくりした、かわいいちぇんのこどもだったのに……」 と、独りごちるらん。 「……らん」 「こどものらんもちぇんも、みんな……」 「きもちはわかるけど、らん、おちつかなきゃだめよ」 「ゆかりさまは、たいせつなかぞくをころされて、おちついてられるんですか」 らんの言葉に、ゆかりんは何も言えなかった。 「「おがあぢゃああああん! だれがああああっ! だずげでよおおおおおおおおっ!」」 意外と早く、れみりゃが帰ってきた。その口に、二匹の子れいむのもみあげをくわえている。 先ほど、らんが見たれいむの子供だった。 らんは知るよしもないが、既に親れいむはれみりゃにつまみ食いされて皮だけになって いる。 そしてれみりゃが、巣穴の中に入っていった。 「「いやだあああああああっ! じにだぐないよおおおおおおおおっ!」」 ゆっくりれいむはゆっくりれみりゃやふらんに食べられるものとはいえ可哀想に。残酷な話ね。 無力に泣きじゃくる子れいむを見届けて、ゆかりんはそう思った。 「うー、おねえさま、はやーい♪」 「それじゃ、いただきますなんだどー」 「ちょっとまってね、れみりゃ、ふらん」 巣穴から、別の声が聞こえた。 「せっかくだから、れみりゃとふらんがどれくらいかいふくしたのかみたいよ」 「うー、わかったどー。ここはせまいから、おそとにでるんだどー」 「?」 穴から出てきたゆっくりの姿を見て、ゆかりんは目を疑った。 口に子れいむをぶら下げたれみりゃと、ふらんはいい。 だが、その後に出てきたのは……小振りな体のゆっくりめーりんだ。 「それじゃ、れいむをそこにはなしてね」 めーりんがそう言うと、れみりゃは素直に従う。 「じゅうかぞえるあいだに、にげきれたら、たすけてあげるよ」 そう子れいむに言って、めーりんはにやりと笑った。 「いーち、にーい、さーん……」 めーりんが、ゆっくりとカウントを始める。 「「ゆっ、ゆっくりしないでにげるよ!」」 子れいむが慌てて巣穴から離れていく。 残酷な希望を与えるものね。とゆかりんは思った。 そして、子れいむたちがこっちに逃げてこなくて良かった、と思った。 当然ながら、いくら死にものぐるいとはいえ、ゆっくりの子供の逃げ足などたかが知れている。 十数える間に、れみりゃたちの視界から消えることなど、不可能な話だ。 「……はーち、きゅーう……じゅう」 「「うー♪」」 「たいむおーばーだよ」 同時に、れみりゃとふらんが空中を駆けた。 先に飛び出したのはれみりゃだった。ややフライング気味だったが、そうでなくとも結果に大差はない。 勢いよく、片方の子れいむに後ろから噛みついて、ちぎり取る。 「ゆぎっ!」 その一撃で、子れいむは後頭部の大半を持って行かれた。 れみりゃが、動けなくなった子れいむの前に降り立つ。子れいむは既に瀕死だった。 「うー、あまあまー♪」 そう言ってれみりゃは、口内の子れいむの一部をもてあそび、堪能する。 徹底的な恐怖と絶望に苛まれた子れいむは、さぞかしれみりゃにとって美味だろう。 「も、っと……ゆっくり……したかっ」 最期の言葉を言い切る直前に、れみりゃが大きく口を開け、子れいむにかぶりついた。 出遅れたふらんだったが、もう一方の子れいむに追いついたのはれみりゃとほぼ同時だった。 ふらんは、れみりゃとはまた違ったやり方で、自分の体が完全であることを示した。 まず、子れいむの前に回り込んで、体当たりで子れいむの体を撥ね飛ばした。 そして、近くに落ちていた木の枝を口にくわえる。 それで何度も何度も子れいむの体を、叩いて、突き刺した。 「ゆべっ、ぐべっ、いじゃいよおおっ! だれがだずげでよおおっ! ぎゃあああああっ! れいむのおめめがあああああっっ!!」 子れいむは両目を潰され、もはや闇雲に逃げまどうしかない。 そうこうしているうちに、子れいむはいつしか、めーりんの目の前まで戻ってきていた。 もう少し、あの子れいむは長生きするだろう。ふらんの気が済むか、何もかも諦めるまで。 ゆかりんはそれよりも、子れいむを見るめーりんの様子に目を見張っていた。 ――あんな、底意地の悪い笑顔を、これまでゆかりんは見たことがなかった。 れいむを、完全に見下している。その笑みには、憎しみすら浮かんで見える。 「ふらんのやりかたは、のろくてこうりつがわるいんだどー」 とっくの昔に子れいむを食い終わったれみりゃが、物言いを付けた。 「うー。おねえさまのほうが、あまあまのこと、わかってないー」 ボロボロになって痙攣するだけになった子れいむの横で、ふらんが言い返した。 「う? ふらんはれみりゃにくちごたえするなんて、ごひゃくねんはやいんだど?」 だんだん、れみりゃとふらんの口調が剣呑になってきた。 これはひょっとして、仲間割れでもしてくれるのかしら? とゆかりんは少し期待した。 だが、ゆかりんのそんな淡い期待を打ち砕くように、めーりんが横から口を出した。 「ふたりとも、やめるんだよ! なかよくしようねっていったでしょ!」 「うー? そうだったどー」 「ふたりとも、げんきになれたのはだれのおかげだとおもってるの?」 「うー……めーりんだよ」 「ふたりとも、すごくかりがうまかったよ! いっきにころすのも、じっくりいたぶるのも、どちらもせいかいなんだよ!」 「うー、わるかったどー」 「あやまるのはこっちじゃないよ!」 「うー、わるかったど、ふらん」 「ふらんもおねえさまにくちごたえして、ごめんなさいー」 信じられない光景を、一日の内に次々と見せられて、ゆっくりの中でも知能が高いとされているゆかりんでも、頭が混乱するのを抑えられなかった。 どうしてめーりんがあんなに流暢に喋っているのか。 どうしてめーりんの言うことを、れみりゃとふらんがあんなに素直に聞くのか。 「うー、はんぶんおねえさまにあげるー♪」 「うー、ふらんのあまあまは、れみりゃのより、ちょっとあまいんだどー♪」 れみりゃとふらんが仲良くしていることなど、めーりんに関する疑問に比べれば、些細なものだ。 「ちょっとこれは、やっかいそうね……いったん、ひきあげましょう、らん」 らんは、答えない。 らんはずっと、あのボロボロになって死んだちぇんの事を思い出していたのだった。 ――ぐずのめーりんにやられた。 それが本当だとすれば…… 「らん、らん! ここはきけんよ。ものおもいにふけるのは、あんぜんなところにいってからでもおそくないわ」 体を揺すられて、ようやくらんはゆかりんの言葉に従った。 ゆかりんの巣は、石の目立つ所にあった。 「ここが、わたしのいまのかりずまいよ」 ゆかりんは、坂にある大きめの石の前で言った。 「ちょっとまっててね」 ゆかりんが、石の隙間に体を押しつけて、他のゆっくりではとうてい入らないであろう隙間の中に入っていった。 そして、内側から石をどけると、ぽっかりと穴が空いていた。 らんがその中にはいると、ゆかりんは外から石を元に戻し、また隙間から入ってきた。 中は、仮住まいという割には、意外と広かった。ゆっくりの二、三匹は優に入る。 それでも、らんとちぇんの一家が棲んでいた大木の根元の巣穴よりは狭かったが。 「せまいところだけど……ゆっくりしていってね」 そう言って、ゆかりんは蓄えていた食料を、らんの前に出した。 だが、らんはそれに口を付けなかった。 「わがままね……おなかすいてるでしょう? たべなさい、らん」 ゆかりんがそう命令してようやく、らんがぼそぼそと食事を口に運んだ。 ゆかりんは嘆息する。 「とてもゆっくりしているらんとちぇんがいるときいて、やってきたんだけど、こんなことになっているとはおもわなかったわ」 「ゆかりさま。ちぇんは……うちのちぇんは……ぐずだったかもしれないんです」 「どういうことかしら?」 らんはうつむいて、自分の考えていることを語りだした。 らんにしては酷く支離滅裂な説明だったが、ゆかりんに言いたいことは伝わった。 自分の伴侶のちぇんが、いなくなるまでの経緯。 子供達だけで留守番を任せて長い時間遠出していた短慮。 道ばたで見つけた、死にかけのちぇんが吐いた暴言。 そしてあの、巣を襲ったれみりゃとふらんとめーりんの三匹。 あのめーりんが、ちぇんの言っていたぐずのめーりんなのだと思う。 他のめーりんがちぇんに自ら襲いかかるとも考えられない。 だが、れみりゃとふらんを手なずける胆力のあるあのめーりんなら可能だろう。 それでも、感情がなかなか推測を認めたがらない。 それを認めれば、あの汚い言葉遣いのちぇんこそが、自分の伴侶だったと認めることにつながる。 あの日、ご飯を採りに行くと言って帰ってこなかったのは、家族をほったらかして逃げ出すつもりだったのかもしれない。 半年もの時間をかけて築き上げてきたあの金色の幸せが、メッキをはがせば汚泥まみれだったなどと考えたくもない。 「みんな……みんなゆっくりしたいいこだったのに……」 「らん、わたしにはあなたが、なにをなやんでいるかわからないわ。いいえ、わかるけど、それがぴんとこないの」 らんは、ゆかりんの顔を見る。 「どんなゆっくりのこころのなかにも、げすになるかのうせいがあるわ。もちろんわたしにも、あなたにも」 ゆかりんは、毅然とした口調で告げる。 「ドスまりさだって、げすになるものがいたわ。ましてや、あのめーりんや、あなたのちぇんがれいがいになるはずがないわ」 らんは何も言えずにいる。 それでも、とゆかりんは続ける。 「――それでも、あなたのまえでは、ちぇんはいいおやちぇんだったんでしょ?」 はい、とらんは涙ぐんでうなずいた。 「それなら、それをしんじなさい。さいごにあったのは、べつものだとおもいなさい。それでいいのよ」 「……むずかしいです」 わたしだって、そうかんたんにできるわけじゃないわよ。とゆかりんは微笑した。 そして、らんが眠りにつく前に、ゆかりんは優しく言った。 「はがれたきんめっきだって、かきあつめればほんもののきんよ」 石の隙間から、こぼれ入る朝の光に照らされて、らんは目覚めた。 「ぐう……ぐう……」 ゆかりんは深い眠りについている。おそらく、このまま昼まで眠っているだろう。 起こすわけにはいかない。このまま心地よい眠りを楽しんでいてほしい。 らんは石を押しのけて外に出て、石を元の穴に戻した。 そして、かつての住処に向かって跳ねていった。 さすがにれみりゃもふらんも、日の昇っている間は巣の中で大人しくしているのだろう。 らんが、茂みの中から様子を探ると、めーりんが穴の前でじっとしていた。 めーりんはぼんやりと中空を見ていた。魂が抜けたような姿だ。 昨日見た、邪悪な笑みからは想像も付かないもので、らんは場所を間違えたかとすら思った。 そのまま、動く気配はない。 出来たら、巣穴の中の様子を知りたかったのだが、これではまともに近づけない。 これは持久戦になりそうだ。そう判断したらんは、腹ごしらえをしようと決めて、その場から離れた。 一人で食べる分を集めればいいのに、つい、家族の分もと無意識のうちに思っていたのだろう。 山盛りの食料を前に、らんは苦笑する。 まあ、余った分はゆかりんの住処に運ぼう。 「むーしゃ、むーしゃ……」 普通のゆっくりなら、食事中に出てくるはずの、次のフレーズが出てこない。 味気ないその食事を、腹一杯に詰め込む。 それでも、食料は一人では運びきれないほど残っている。 さてどうしようかと、悩んでいたときだった。 「ゆっ! たくさんたべものがあるちーんぽ!」 そう言って近寄ってきたのは、ゆっくりようむだった。 歯には武器となる二叉に分かれた枝をくわえている。 「そんなにたくさんとっても、はこびきれないちーんぽ! ようむにわけてほしいんだちーんぽ!」 「……じぶんのたべものは、じぶんでとってくるものだぞ」 無駄だと思いつつも、らんはそう言った。 「ゆうっ! だから、ここにあるものをじぶんでとるちーんぽ! さからうならじつりょくこうしだちーんぽ!」 予想通りの返答だった。らんは呆れる気にもならなかった。 「いいよ。わかったよ。おおこわいこわい。らんがもってかえるぶんいがいは、ぜんぶもっていっていいぞ」 「ちんぽっ! はなしのわかるゆっくりでよかったちんぽっ!」 らんが自分の帽子の中に食料を入れている最中、ようむは気を許したのか身の上話を始めた。 「まったく、うちのれいむとまりさとぱちゅりーは、なまけすぎなんだちんぽっ!」 らんが聞き流していたようむの話の内容は、大まかにこういう事だった。 ――ずっと昔のこと、初めて狩りをした。れいむ、まりさ、ありす、ぱちゅりー、ちぇんがいっしょだった。 ありすはその狩りの時に死んでしまったが、初めての狩りは成功して、残る者達は食料のたっぷりある巣を手に入れた。 何を狩ったかはよく覚えていないが、確かぐずのゆっくりだった。とてもうれしかった。 ようむはれいむと、まりさはぱちゅりーとつがいになった。 ちぇんは外に出て、らんとつがいになった。 それからは、それぞれ子供を作って気楽にやっていたのだが、どうも最近他の連中が怠けだしてきている。 れいむは妊娠をネタに。まりさはようむの強さをネタに、ぱちゅりーは自分の脆弱さをネタにして、ようむに食料探しを押しつけるようになった。 二つの家族みんなの分を集めさせるなど、無茶もいいところだ。 ようむとれいむのつがいは、割と珍しいかな、とらんは思った。 食料を詰め込んでぱんぱんにふくらんだ帽子をかぶる。 「それじゃ、のこりはいただくちーんぽ!」 帽子も持っていないのに、どうやって運ぶんだろうとらんは思った。 が、これ以上深入りする気はなかった。手伝いなんてごめんだ。 「あーあ、うんざりするちーんぽ。いっそ、ちぇんみたいにつがいをとっかえひっかえしてみたいちーんぽ」 聞きたくもない事を聞いてしまった。らんはいそいそとその場から立ち去る。 「ちぇん、おまえじゃ……ないよな」 一旦、巣に戻った。 さすがに昼過ぎになって、ゆかりんも起きていた。 「ゆかりさま、しょくりょうをとってきました」 「ああ、ごくろうさま、そこにおいて」 例のごとく外から穴を塞いで、ゆかりんが隙間から巣の中に戻る。 「さて、めーりんたちのようすを、ほうこくしてもらおうかしら」 だが、報告できることなど特に無かった ずっとめーりんが巣穴の入り口にいて、中の様子を探ることは出来なかった。 「――わかったわ、それじゃ、ゆうがたごろに、もういちどいきましょう」 らんは承知した。 「さすがに、にじゅうよじかん、おきていられるわけでもないでしょう。すいみんじかんがながくて、かぶるということもありえるわ」 いやそれはゆかりさまだけでしょ、と言いたくなるのをらんはこらえた。 「なあに? なにかいいたそうなかおしているけど」 ゆかりんが笑みを浮かべてらんの顔をのぞき込む。 「いや、なんでも……ないです。ほんとです、ほんとですってば!」 「ほんとうに?」 「あ、いえ、じつはあるんです」 と言って、らんは思っていたことと別の話題を出した。食料集めの時に出会ったようむの話を。 「ようむとれいむのつがい……なるほど、たしかにちょっとめずらしいわね」 「ゆかりさまでも、めずらしいものがありますか」 「あのめーりんも、そのひとりね」 「はい、れみりゃとふらんをしたがわせるめーりんなんて、はじめてです」 ん? とそのとき、ゆかりんは首を傾げるように、体を傾げた。 「どうかなさいましたか?」 「へんね……たしか、そのしんだちぇんは、ぐずのめーりんにやられた、といったのでしょう?」 「……はい」 「もし、あのめーりんがちぇんをころしたんだとしたら、おかしいとはおもわない?」 「どういうことですか?」 「わからない? ……いいわ。ふつうにかんがえれば、わざわざめーりんがてをくだすひつようはないじゃない?」 らんは、合点がいったように、表情を変える。 「あ……そうか、れみりゃやふらんにやらせればいい。というより、そっちのほうがかくじつですよね」 「かいふくがどうとかいっていたから、けがをしていた、とかんがえてもいいけど、それでもちぇんひとりでは、おやのれみりゃとふらんのあいてにはならないわ」 返り討ちに遭う危険を冒してでも、めーりんひとりでちぇんを襲った。 その理由として考えられることは……選択肢はわずかだった。 「ちぇんをぼろぼろのしにかけでのこしたやりかたをみても、つよいにくしみがあったとしか、かんがえられないわ」 「……すをおそったのと、べつのめーりんのかのうせいは、ないですか?」 愚か者と罵られることを覚悟で、らんは尋ねる。 「ないわ」 ゆかりんは即答する。 「べつべつのめーりんが、おなじひに、たまたまあなたのすみかのちかくにいたというの?」 らんは、答えられなかった。 それでも、らんは言葉を絞り出す。 「でも、それじゃどうして、なんのつみもないこどもたちまで……」 「ふたつかんがえられるわ。ひとつは、ちぇんをころすだけじゃまんぞくできなかった」 「そ、そんな……」 「そして、もうひとつは、れみりゃとふらんのこどもをつくるためよ」 ゆかりんは、極めて冷静に語った。らんは対照的に、取り乱していく。 「でも! どうして、それがうちのこなんですか!?」 「たまたまちかくに、べんりなすみかが、あったからよ。めぼしをつけていたのでしょうね、きっと」 どこまでも、どこまでも合理的に、方程式を解くように、ゆかりんは答えを出した。 「うっ……ううっ……」 ぼろぼろと涙を流し始めるらん。ゆかりんはそれに寄り添う。 らんが泣き止んだ頃、ちょうど夕暮れ時になっていた。 ゆかりんとらんが、例の茂みに身を潜めた。 めーりんは未だに、門番を続けていた。 「ひょっとして、あさからずっとこうなの? きんべんなものね」 さすがに、夕方になって、れみりゃとふらんが活動し始める時間帯に、巣穴を確かめに行く勇気はなかった。 「あら?」 ゆかりんが、別の方角に目を向けた。 そこにいたのは、まりさとれいむの、別に珍しくも何ともないつがいだった。 「ゆ? あそこにあなさんがあるよ?」 「ほんとだ! ちょうどいいね! まりさとれいむの、しんこんまいほーむにしようね!」 まさか、門番をしているめーりんの姿が見えないわけでもあるまいに。 れいむとまりさは、巣穴に近づく。と、すっとめーりんが二匹の行く手を塞いだ。 「ゆううっ? まりさ。なんでこのぐず、じゃましてるの?」 「おいおい、ぐずはぐずらしく、いねむりでもしてるんだぜ!」 「このすあなは、ゆっくりできないところだよ。ゆっくりひきかえしてね」 そうめーりんが言うと、まりさとれいむは、怪訝そうな表情を浮かべる。 「ゆ? どうしてこのめーりん、しゃべれるの? じゃおおおんじゃないの?」 「しょうじきどうでもいいんだぜ。いまからここを、まりさとれいむのゆっくりプレイスにしてやるんだぜ!」 「……けいこくは、したよ」 めーりんは脇に退いた。まりさとれいむは疑いもせず、巣穴の中に入っていく。 二匹分の悲鳴が巣穴から聞こえる。めーりんは笑みすら浮かべない。 「ほんと、どうしてああもおろかなのかしらね……だからいとしくもあるのだけれど」 と、ゆかりんが言った。 巣穴から飛び出そうとしたまりさを、めーりんが体当たりで巣穴の中に弾いた。 「あら、さっきのまりさをみた? あたまにいっぱい、れみりゃやふらんのあかちゃんをくっつけてたわ」 と、ゆかりんはらんに言った。 らんは、ぎりぎりと自分の尻尾の端を噛みしめていた。 「うー、めーりーん!」 「どうしたの、れみりゃ」 めーりんが、呼ばれて巣穴に入る。 「ちょっと、きけんをおかしてみましょう。ちかづくわよ、らん」 ゆかりんとらんは、茂みから出て巣穴の近くまで忍び寄った。 中まではのぞけないが、それでも喋っている言葉は聞こえる。 「れみりゃのあかちゃんが、うまれてこないんだどー。こっちはうまれたのにいい」 「れみりゃ、これはもう、しんじゃってるんだよ」 「やだやだやだ! れみりゃのあかじゃああああん!! じんじゃやだあああ」 「げんいんはこのあかちゃんのらんだよ。こいつが、れみりゃのあかちゃんのえいようをとったから、あかちゃんはしんじゃったんだよ」 「ぐううううっ! ごろじでやるううううっ! ごのあがぢゃんごろじいい!」 「だめだよ! れみりゃ、おあずけ! こいつは、ほかのれみりゃのあかちゃんのためにのこすんだよ!」 「ふらんのは、ぜんぶちゃんとうまれたー。かわいいちびちゃんー」 「ぐうううううううううううううっっっ!!!」 「もう、このしたいにはようはないから、すててきてね。たべてもいいけど」 「うううううっっっ! こんなのたべたくもないんだどー!」 巣穴から出てくる気配を感じて、慌ててらんとゆかりんは大木の裏に身を潜めた。 れみりゃとふらんは、口に子ちぇんや子らんの変わり果てた死骸をくわえていた。 それは、れいぱーありすにれいぷされた子ゆっくりと、ほぼ同じ姿だった。 黒ずんで縮んだ体。植物型妊娠の茎。 そして、絶望と虚無をたたえた顔に残る涙の跡。 れみりゃとふらんは、森の奥に姿を消したかと思うと、すぐに手ぶらで帰ってきた。 「あかちゃんもまともにつくれないぐずは、ぽーい♪ なんだどー。れみ☆りゃ☆うー♪」 と、楽しげに言いながら、巣に戻る。そして数回、死体遺棄を繰り返した。 ゆかりんとらんは、れみりゃが向かった方に走る。 そして、地面に落ちてひしゃげていた、子供達の死骸を見つけた。 「うああああああああああっ!」 その死骸にすがりついたらん。それきり微動だにしない。 ゆかりんは、その親子を残して、巣穴の見える茂みに戻った。 ゆかりんは、らんをあの場所に残した自分の選択が正しかったと知る。 巣穴の前で繰り広げられていた光景。 「ほらほら、ゆっくりしないでね。すのなかでくわれたいんならいいけど」 と、めーりんに巣穴の外に追い立てられる、ちぇんとらんの赤ちゃん達。 「おやのれみりゃとふらんは、こいつらをいっぴきもにがしちゃだめだよ。でも、ころしちゃだめ」 「「うー、わかったー」」 「それじゃ、れみりゃとふらんのあかちゃんたちも、ゆっくりでてきてね」 これから何が起こるかなど、言葉にするまでもなかった。 古今東西、様々なゆっくりの生き様と死に様を見てきたゆかりんも、今度ばかりは体を震わせずにいられなかった。 ちぇんとらんの赤ちゃん達の断末魔が、脳裏にこびりついて離れない。 ――どうしておとうしゃんもおかあしゃんもいないの 厳密に言えば、父親はれみりゃとふらんで、母親は母体となって死んだ子ちぇんと子らんなのだが。 「うー、まんまー、れみりゃ、にひきつかまえたー」 「さすがはれみりゃのゆうしゅうなこどもなんだどー! えらいえらいなんだどー」 無論、赤ちぇんや赤らんに、れみりゃとふらんが親の情を示すことなど無い。 初めての狩りの成果を自慢する子供達を見て、れみりゃもふらんも有頂天だった。 その様子を見て、計算通り、とばかりに笑みを見せるめーりん。 先ほど、ゆかりんは自滅していったまりさとれいむを見て、その愚かさに愛しささえ感じていた。 では、あいつらはどうだ? 百歩譲って、れみりゃとふらんはゆっくりの摂理でなすべき事をなしているのだ、と納得しよう。 だが、あのめーりんは? あの悪魔のような笑みを浮かべるゆっくりに、愛しさなど感じられるだろうか? ゆかりんは、もう見るべきものはここにはないと判断して、茂みを離れた。 らんの様子は、全く変わっていなかった。 物言わぬ残骸に寄り添ってじっとしている。 実はもう死んでいるんじゃないか、とさえ思えた。 「らん。きもちはわかるけど、いつまでもここにはいられないわ」 「……かわいいかわいいちびちゃん、ずっとゆっくりしてね」 らんが、死骸に話しかけていた。 この子も頭が可哀想なゆっくりになってしまったのか。とゆかりんは思ったがそうではなかった。 「いきましょう、ゆかりさま」 その穏やかな笑顔には、どこか諦念にも似た狂気が漂っていた。 「……ええ」 今さっき見た、めーりんと同じ笑みだった。 それから、数日が過ぎた。 いまや、らんの頭の中には、一つの情念が渦巻いていた。 それは、すっきりで殺された子供の死骸のように、どす黒い情念だった。 「めざめるたびに、あなたのかおがかわっていくのがわかるわ」 と、ゆかりんは言った。 夕方、捕食種達がうめき声を上げて、活動を始める。 それまでは、親のれみりゃか、ふらんが外に食事を探しに出かけていた。 だが、今日は様子が違った。 ぞろぞろと、家族総出で巣穴から湧き出てくる。 「うー♪」「うー♪」「うー♪」「うー♪」 親を含めると、総勢で六匹。れみりゃとふらんが三匹づつ。 そして、めーりんがゆっくりと歩き出す。 まるで、遠足の補導をする先生のように。 親たちがそれに従い、子供達は親に従う。 らんは気付かれないように距離を取って、めーりんと同じ歩調で後を追う。 幸い、捕食者達が浮かれて騒いでいるので、尾行は気付かれなかった。 めーりんが立ち止まるのを見て、らんは近くの木の陰に身を隠した。 おそらく、めーりんたちは何かを見つけたのだろうが、ここからでは見にくかった。 らんは、横手に回り込む。そして、めーりんたちの視線の先にあるものを見た。 「まったくみんなしごとをみょんにおしつけすぎだちーんぽ!!!」 みょんがぶらついていた。先日、らんが集めた食料を持って行ったみょんだった。 おそらく、今日も他のゆっくりに食料探しを押しつけられたのだろう。 口を開けば、不満が次々とあふれ出していた。 しかし、ふと立ち止まり「まらまらまら……」と忍び笑いを始めた。 何かエッチなことでも思いついたのだろうか。 その隙を、子れみりゃと、子ふらんは見逃さなかった。 みょんは、初めのうちは敵が子供二匹だとみて、口の枝を振り回して応戦していた。 だが、次々と新手が襲いかかってくる。 一分持たずに、その体はあちこちを食いちぎられ、動きはみるみる鈍くなっていった。 そして、真打ちが現れる。 めーりんは、みょんが落とした枝を、ぺにぺにの辺りに突き刺してとどめを刺した。 「ぢぃいんぼおぉぉぉぉっ!」 そして、何度も中身をかき回す。ずいぶんと、念の入ったとどめだった。 「「「うー! うー♪」」」 ゆっくりの中でも、強い部類に入るみょんを倒したことで、捕食種たちの士気も上がっていた。 「このまま、やつらのところにいくよ。れみりゃ、ふらん、こいつをはこんでね」 「うー、あまあまいっぱーい♪ はやくいきたいー」 「きょうは、たべちゃうぞー。はらいっぱいたーべちゃうぞー♪」 「「「うーっ!」」」 めーりんの足取りには迷いはない。この辺りの地理を知っているのだ。 その場所の近く、森の外れの肥沃な場所に、れいむ中心の大家族が最近住み着いたことを、らんは知っていた。 だが、めーりんはそんなことは素知らぬふりで、別の方へ足を向ける。 そして、めーりんたちがたどり着いた場所を見て、らんは全て合点がいった。 それは、一つの大きな巣穴だった。 以前、みょんと出くわしたときは思い出せなかったが、今やっと、らんは思い出した。 実は、らんは出会ったばかりのちぇんに連れられて、ここにいた家族に会ったことがあったのだ。 れいむ、まりさ、ぱちゅりー、そしてみょん。 昔の仲間だという。既に、そこには大勢の子供がいた。 その家族のかしましい様子を見て、らんもちぇんとの子供を作りたいと思ったのだった。 ただ、親のガラはあまり良いとは言えなかった。 言葉遣いの端々に、子供のいないちぇんとらんを馬鹿にする響きがあった。 巣穴の奥にうんざりするほどの食料をため込んでいるくせに、らんたちに食べさせるのをケチった。 「そんなおおくのたべものを、どうやったらとれるのかおしえてくれないか」 と尋ねると、誰も彼もが言葉を濁した。 「せいいっぱい、がんばる。これがひけつなんだぜ!」 と、答えになっていない答えを返してもらうのがせいぜいだった。 「しょうじき、あまりいいれんちゅうじゃなかったな……」 とこぼすと、ちぇんは意外にもこう言った。 「わからないよー、らんしゃまはちょっと、おかたいんだねー」 ちぇんが口答えめいたことを言うのは、初めてだった。もっとも、そのときはさほど気にすることもなかったのだが……。 「らんしゃまー、ちぇんたちもはやく、こどもをつくろうね!」 そんな言葉と笑顔で、ごまかされたのだった。 めーりんが他の群れではなく、わざわざここを目的地にしたその理由を、らんは悟った。 れいむ、まりさ、ありす、ぱちゅりー、みょん、そしてちぇん。 何もかも、偶然ではなかったのだ。 かつて、この巣穴には、別のゆっくりが住み着いていた。それはおそらく…… いや、もう断定しても良いだろう。 ここには、他のゆっくりにくずだぐずだと蔑まれているめーりんの家族が住んでいた。 それを、あのれいむたちは殺し、奪ったのだ。 そして、他のゆっくりから奪うことの快感と旨味を、れいむたちは知った。 その復讐を、今、受けようとしていた。 めーりんが、巣穴の入り口で叫ぶ。 「ゆっくりしんでいってね!!!」 元ネタ作品『ぐずめーりん』byぱちゅあき 02『復讐への復讐編』へ
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僕達は、そのうねりに乗った。 強く、それでいてウザイきめぇ丸にはものすごい勢いでファンが付いた。……アンチの、だが。 そんな情勢をマーケティング能力に長けたテレビ局が見逃すわけが無い。 勝ち続けるきめぇ丸に今度ぶつけられるのは正統派ヒロイン・めーりん。 その厚い皮と強靭な精神力で相手の攻撃を全てまともに受け止め、何度ダウンしても這い上がって逆転KOを繰り返すめーりん。 攻防一体の圧倒的な敏捷性を基にシステマナイズされたコンビネーションであざ笑うかのように勝ち進んでいくきめぇ丸。 漫画から飛び出たかのような展開を繰り返すめーりんは子供や大人問わずヒーローだった。めーりんが倒れれば観客全てがめーりんコール で彼女を窮地から呼び起こし、逆転の一撃を決めれば誰彼構わずに隣の人と抱き合ってしまう魅力を持っていた。 ちまちま当てては避けるという強い、そして地味過ぎるきめぇ丸はサイドスローからアウトロー一杯に決まる117㌔のスライダーを投げる 左のワンポイント投手にニヤニヤするような一部のマニアだけに大絶賛された。 温厚でいて忠誠心の強いめーりんは保護欲を掻き立てられる存在だった。 ぶてぶてしい表情で相手を小ばかにするきめぇ丸はぶん殴りたくなる存在だった。 あらゆる意味で対極な二匹の試合はぶっちぎりで注目を集め、連日連夜取り上げられて日曜のゴールデンに放映されたこの試合は、 しかし考えられる限り最悪の相性だった。 試合は多くの人の予想を裏切る一方的な虐殺だった。 当たらない。 いくら打っても当たらない。 どんなに打っても当たらない。 めーりんの体当たりは悉くかわされ、カウンターの噛み付きがもろに決まる。 「じゃ、じゃおおぉぉ~ん!?」 「ふふん。きめぇ丸は自分を客観的に見ることができるんです。貴女とはちがうんです!!」 当たり前だ。 めーりんの特徴は如何に被弾しようと止らないそのタフネスにある。いくらぶつけられようと、噛み付かれようと、 一切構わずに突っ込み、疲れ切った相手をコーナーに追い詰めてからが本番。 しかし、前後左右に加え、上下の動きさえできるきめぇ丸にとり、いかにめーりんのタフさが凄かろうと一切関係ない。 きめぇ丸もまた、止らないのだから。玉砕精神で突っ込んできたところで、常に首を振りつつ円運動をするきめぇ丸を 捉えることが出来ない。 タフなめーりんとはいっても、それは通常のゆっくりを相手にしてのこと。 僕によってビデオで丸裸にされためーりんの癖は当然にきめぇ丸に叩き込まれており、めーりんの予想だにしない角度から 観客を煽りつつものすごいスピードで連打を繰り返すきめぇ丸。 一発で倒せないならば、十発当てればよい。 十発で倒せないならば、百発当てればよい。 至極単純な、それでいて確実な戦法を採る我々はじわりじわりとめーりんを嬲り倒す。 「起きてよ、めーりん!起きてっ!!あんな奴、いつもみたいにやっつけてよぉぉ!!!」 ちびっ子達の歓声から始まった怒涛の「めーりん」コール。 会場はこれ以上無いほどに一体となってめーりんを支えた。 だが、悲しいことに声援は背中を後押しする力とはなっても現状を打破する知恵は授けてくれない。 きめぇ丸は容赦なく倒し続ける。めーりんは空回りし続ける。 それは、第一ラウンドから最終ラウンドまで変わらない姿であった。 ゆっくりの再生力を当てにしてか、それともめーりんがドル箱だからか、あるいはその両方からか、 普段はめったに止めに入らないレフリーが流石にTKOを宣言しようとしたときに、めーりんは鳴いた。 「じゃ、じゃお!じゃおお~じゃおおぉぉ~ん!!!」 “めーりんはまだたたかえるんだっ!!めーりんはもっとたたかいたいんだ!!” とでも言っているのだろうか。滑稽な話だった。 左目が殆ど潰れて物が見えず。 きめぇ丸の攻撃を耐えるために試合中に酷使した歯はボロボロ。 激しくかき混ぜられた餡子はもはや正常な統制機能を果たさない。 人間であれば棺おけに片足どころか腰までどっぷり浸かっているとしか思えない状態での狂言だった。 BJ先生だってもはや治せまい。 めーりんの体は決定的な何かを失った。 きめぇ丸の猛攻に耐え切れなかったのか、蓄積した積年のダメージが現れたのかはわからない。 めーりんの下半身部分は刻一刻と衰えていき、今ではもう殆ど引きずるだけだ。意識など当の昔に飛んでいる。 この状態のめーりんを見て、天寿をまっとう出来ると慰めるのは失笑ものといえよう。 それでもなお、めーりんは戦いを求めて吼えた。 やっとできた、かけがえの無い存在のために。 めーりん種はその温厚な性格から、元々争いを好まない。そんな彼女が静止を振り切ってまでも戦う理由。 掃き溜めから生まれたゴミクズ同然のめーりんが文字通り身体一つで得た昔日の財産と栄光。 それらを全て差し出して余りある無形の宝を守るために。 永らくめーりん種というだけで差別を受け続け、孤独に苛まれていた彼女に仏の皮を被った強欲な人間は 蜘蛛の糸を差し伸べた。 いつも通りのトレーニングを終えためーりんの前に見せられたのは、カラフルな翼をした女の子。 一週間。その間、めーりんはその子と遊ぶことが許された。めーりんが狂喜したのは言うまでも無い。 一緒にむ~しゃむ~しゃした。 頬擦りをした。 添い寝をした。 ふぁーすとちゅっちゅも体験した。 たくさんの子供と、カワイイつがいに囲まれた生活がリアルに想像できた。 8日目にして、彼女はピタッと顔を見せなくなった。いぶかしむめーりん。 9日目も来なかった。めーりんは不安になった。 10日目も来なかった。めーりんは孤独の恐怖に苛まれた。 元々ありもしないものに、幻想を抱くことは無い。 一旦、目の当たりにしたからこそ、もう諦めること等できはしない。 そして、首輪をつけた女の子がめーりんの前に引っ立てられた。 “きめぇ丸に勝つことが出来たら、そいつをお前のつがいにくれてやる。負ければ、そいつは処分する。” 人間らしい、命に対する冒涜といえる飴と鞭だった。 普段は、ただただ生き残るために戦っていためーりん。 そんなめーりんは生まれて初めて誰かのために戦う決意をしたのだ。 そんなめーりんの一世一代の決意は。 僕ときめぇ丸には一切関係なかったし、知る由も無かった。 だから、相変わらず、容赦せずに嬲り続けた。 試合が終わった頃には、ぶてぶてしい表情を一切変えることなく、ニタニタ笑い続けるきめぇ丸を尻目に体中の餡子を飛び散らせ ながらキャンバスに蹲るめーりんの様子がありありとテレビに放映されていた。 観客の期待とかテレビ局の思惑とかそういったものを一切読まないきめぇ丸の圧勝によって、交差した両者のゆっくり生は全く異なるものとなった。 めーりんは壊された。攻撃力こそ持続できたものの、いつものタフネスはそこに無く、勝ったり負けたりを数回繰り返して引退した。 当然の帰結だ。あの試合でめーりんはおそらくいつもの十倍は被弾した。それでピンピンされてはこちらの矜持が廃るというものだ。 きめぇ丸はこの試合を最後に引退を決意した。というのも、僕ときめぇ丸は戦いに意義を見出せなかった。相手を再起不能になるまで潰して その余韻に浸る。自分達が最強なのだと言う何にも勝る矜持の残香はひどく不愉快だった。 そこにあったのは、汚い大人の世界。 僕達が目指したはずの世界一強いゆっくりはそこには無かった。 誰かを倒して初めて感じる強さにもはや何の感慨も沸かなかった。 重要なのは、強さではなく、金になるか、だけであった。 そんな現実に迎合できるほど、僕達は大人にはなっていなかった。 それに口には出さなかったが。僕はきめぇ丸が心配だった。あんなタフなめーりんでも壊れることがある。 その当たり前すぎる現実に遅まきながら僕は気付いてしまった。 避けること。 それが僕がきめぇ丸に最初に教えたことだった。 次いで、守ること。 攻撃は二の次三の次。 あくまでダメージを残さないように指導した僕の理念を具現化した戦法は、実は最も効率の良い勝ち方でもあったらしい。 きめぇ丸もまた、戦いに酔いしれることは無かった。 ただ、自分と僕の居場所を守る。それが彼女の唯一にして絶対の目的だった。 だから、僕から引退を切り出されたとき、きめぇ丸はさして残念がることも無く了承した。 両親も、金には頓着しない人間だったので、特にもめることもなかった。 どうせ元々身一つ、出稼ぎでここに来た両親にとってみれば泡沫の銭には興味がなかったらしい。 きめぇ丸との触れ合いのおかげか、僕もだいぶ明るい性格になった。 持病も成長し、身体が強くなる過程で徐々に和らぎ、高校も半ばを過ぎた頃にはほぼ完治した。 「アルティメット・ゆっくり」の人気は更に高まり、いつしかきめぇ丸はこの業界のトップ・スタァ にのし上っていた。今のチャンピオンがいかに強かろうと。どんな戦歴を誇ろうと。 めーりんを潰したきめぇ丸の影がちらついて一番にはなれない。 そんな美味しい状況を、あのハゲダカどもが見逃すわけが無かった。 「おお、快諾快諾。」 「な、勝手に決めるなっ!!僕は自分の力で大学ぐらい入れる」 「どうせ、きめぇ丸は世界一強いゆっくりを目指しているんです。あそこの環境が一番良いんですよ。 ただ、それだけです。もやしさんの大学なんて知りませんよ。おお、無関係無関係」 嘘だった。 きめぇ丸は別に一番を目指したことなんて無かった。 ただ、僕ときめぇ丸の絆であった、それだけの理由できめぇ丸は戦い続けた。 元々、きめぇ丸は好戦的なゆっくりではない。好奇心の赴くままに生きる。それがきめぇ丸の“ゆっくり”なのだから。 きめぇ丸は賢いゆっくりだったから分かっていた。僕が行きたい大学に合格しようとも、4年間通い続けるお金なんて 捻出できるわけが無いことを。確かに、ウチはそこまでお金に困っているわけではない。だが、所詮中流社会に生きる我が家 が理系の大学、しかも私立に行かせる余裕などあるはずも無い。それでも、僕が子供の頃からその大学に強い憧れを持っていることは きめぇ丸には筒抜けだったのだ。 あからさま過ぎるバーター契約だった。 農学部にゆっくりを研究する学科を新設しようとするその大学は看板が欲しい。 きめぇ丸が戦えば、大金が動く。 僕の4年分の学費と、一生分の誇りは。きめぇ丸が身を擲った成果だった。 「きめぇ丸、お楽しみの時間だ」 「おお、理解理解」 「あのクソ生意気な饅頭に現実を教えてやれ」 「おお、了解了解」 今夜の相手はチャンプ。 まりさ三姉妹とかで売り出していた、長女だ。なんでも、元々親がドスまりさという希少種らしく、話題には事欠かなかった。 僕が見た限りでは、さして強いとも思えない。全戦全勝全KOという華麗なる経歴は、どう考えても金とコネにものを 言わせた産物だった。 徹底的に過保護なマッチメイク。少しでも危ないと思ったら難癖をつけて絶対に戦わない。 執拗なまでの煽り文句。聞いていて恥ずかしくなるくらいだ。 ゆっくりらしい、ぶてぶてしいウザさの合間に混ぜられる人情脆い一面。聞けば、今日は病気の子供に勝ちを約束したらしい。 全てが計算されていた。 全てが、僕ときめぇ丸の逆鱗に触れた。 自身が最強だとアピールする傍らで必死に保身に走るその滑稽で惨めで哀れな姿に、僕ときめぇ丸の思いが汚されるようだった。 きめぇ丸と戦わせる魂胆はミエミエだった。 最高のヒールである、きめぇ丸。未だに最強であるという幻想に守られた絶対王者。 そのきめぇ丸を完膚なきまでに叩き潰して、新たなヒーローを“創り出す”。 そうでなくば、通常は3ヶ月以上の調整期間が与えられるのに、わずか1ヶ月で、しかも復帰戦でいきなり王者と戦わせるような 無謀極まりない戦いを押し付けてくることはあり得ない。 奴等は狡猾だった。決して、八百長を頼むようなことはしない。業界に対しては素人である僕がバラす危険を考えたのだろう。 だから、きめぇ丸が全力で戦えなくなるシチュエーションをこれでもかとぶつけてきた。 難癖をつけても、大事にならないように、姑息に。 その程度で、きめぇ丸を止められると思ったのだろうか。 上等だ。 目に物見せてくれる。 きめぇ丸は、圧勝した。 所詮は現場を知らぬ者たちの勝手な思い込み。 この程度の状況がきめぇ丸とまりさの圧倒的な実力差を覆すに至ることは無かった。 「ヒャッハッハッ虐待だーっ!!」 「やめてください!死んでしまいます!!!」 僕は組み伏せられ、きめぇ丸はあのふてぶてしい顔に汗と涙を浮かべて懇願した。 そんな泣き言が聞き届けられるはずはないとわかってなお、追い詰められた者はかような行動を取る。 きめぇ丸が気に入らなかったのだろう。 試合後、帰路に着く僕達を待っていたのはチンピラ達だった。 僕は必死に抵抗した。捨て身になった者は強い。 ただ僕達にヤキを入れてやろうという程度の気持ちで襲ってきた輩に対して、文字通り全身全霊を賭けた 抵抗。圧倒的な戦力さにも拘らず、何とか一人を倒したのは奇跡に近い。 しかし、悲しいかな喧嘩に慣れていない僕ではそれが限界だった。 かえって彼等の戸惑いと怒りを煽り、標的を僕に替え、再起不能にすることを決めたらしい。 何度も何度も殴られ、蹴られた僕の意識は虚ろになった。 腕にきめぇ丸を抱えながら、遠のく意識で聞いてはならない言葉を拾ってしまった。 「きめぇ丸が代わりになります。おお、身代わり身代わり」 なに……やってんだ、馬鹿ヤ……ロウ。チャンス……見……て逃げ……ろよ。 「んン?なぁに~~きこえんな~~~これじゃぁまるで僕がいじめしているみたいじゃないか。 そんなこと僕にはできないよおぉぉ!」 わざとらしく丁寧な言葉で白を切るチンピラ。 チンピラ達は身震いがした。 圧倒的な優越感に彩られた、何物にも代え難い快感であった。 これほどまでに“女”を貶めるのは初めての経験である。これは病みつきになると思った。 例えるならば、他人が必死に積み上げたドミノを横から事もなげに叩き潰す悦び。 昨夜、思う存分ホームレスの親父を殴ってやった時も、これほどの快感は得られなかった。もっと早くやっておけば よかったと思った。 ならば、思い知らせてやろうではないか。 自分が犠牲となって男を助ける。そんなヒロイン気取りの饅頭にある思い上がった気持ちが如何に傲慢でおろかであることを。 徹底的に貶めてやる。 「閉じるなよぉ~、絶対に閉じるなよぉ~」 カチッ、カチッ、カチッ。 目の前数センチの距離から押し続けるシャープペンシル。 その澄んだ気にいらねぇ目。二度と見えないようにしてやる。 「きめぇぇぇまるちゃぁぁぁん!おいしゃさんごっこしましょ~~!! ぼくがはいしゃさんでぇぇ、きめぇぇまるちゃんがかんじゃさんだよぉぉぉ」 口をあけたきめぇ丸に向けられるのは、ド・リ・ル☆ チュィィィウイイイィィン!!という音が恐怖を誘う。 そのぶてぶてしい顔。怯えてもう笑えないようにしてやる。 「ところで俺のコレをを見てくれ。こいつをどう思う?」 その穢れを知らぬ身体。汚してやる。洗っても洗っても決して落ちない汚れを擦り付けてやる。 悪夢のような儀式も終わりを告げるときがあるようだ。 「うっ…へへ……ゆっくりを虐待したあとは小便がしたくなる!!」 ジョボジョボジョボ。 頬を伝う不快な温もりと共に水を叩きつける音がきめぇ丸の耳朶を打った。 病院で目が覚めた僕が見たのは。 とても目を覆いたくなるような光景だった。 「あややややぁ?おきたようですね。おお、寝ぼすけ寝ぼすけ」 何事も無かったかのような口調で語りかけるきめぇ丸。 彼女の誇りであった帽子は何処にも無かった。 濡れ烏を思わせる髪はボサボサで、所々が根元から抜けていた。 気高き真紅の瞳は片方が深淵を連想させる空洞になっていた。 後から聞いた話によれば。 騒ぎを聞きつけた住民が駆けつけるまで、きめぇ丸はうめき声一つ上げずにこの虐待に耐え続けたらしい。 人に保護されて彼女の第一声は、「もやしさんを助けてください!!おお、はやくはやく!!!」だったらしい。 安心したすぐに彼女はぶてぶてしい表情のままで気を失ったとのこと。 僕がこれ以上やられないように。彼女は圧倒的な暴力に心底震えながらもぶてぶてしい表情を崩さず、必死に注意を向かせたのだという。 そんなきめぇ丸の健気な行動は、実のところ僕の心をうつものではなかった。 僕は一体何がしたかったんだろうか。 きめぇ丸を拾い、きめぇ丸を育て、きめぇ丸を戦わせ、きめぇ丸を汚し、そしてきめぇ丸を壊した。 罪悪感、とも違うと思う。身体の一部を喪った喪失感、とでも言えば良いのだろうか。 去来していたのは虚無感。 こんなものだった。僕ときめぇ丸の数年はこんなにも無意味なものだったのだ。 家族同然に思っていたきめぇ丸、ゆっくり界ではもはや常勝無敗のスターであるきめぇ丸。 世界一強いゆっくりはしかしそこら辺のチンピラに到底及ばない程度の強さでしかなかった。 あの日、僕ときめぇ丸の誓いは。急に色褪せていった。 退院しても、僕ときめぇ丸の仲は元に戻らなかった。 きめぇ丸はいつもの通りだった。だから、僕のせいだったのだろう。 思えば、彼女とのお別れはもうこのときに済ませたのかもしれない。 退院してから四半期を待たずにきめぇ丸は死んだ。 飼いゆっくりは5年持てば良いほうだという。 ウチで10年生き永らえたきめぇ丸は存外長命だったのであろう。 あの事件が無ければさらに長く生きていられたのかもしれないが。 最後を看取った母が言うには、僕が外出したときに突然死したらしい。 死んでいるとは思えなかった。ただ寝ているだけ。 すぐにでも、あのいつものぶてぶてしい面で挑発してきそうだった。 事切れるその瞬間を見ていないからだろうか。 心の準備が出来ていなかった僕にはきめぇ丸が死んだという実感が湧かなかった。 彼女が死んだのは、3月も末のこと。 日に日に衰弱していくきめぇ丸を目の当たりにしながらも、例年に無く厳しく寒い冬を乗り越えた 彼女には、僕と彼女が仲直りするだけの時間は与えられているのだろうという根拠の無い自信があったからかもしれない。 死体は思っていたのよりも冷たかった。 あのもちもちとした肌も、気が向いたときだけたまに舐めてくれた舌も、冷たかった。 その冷たさが、嫌がおうにも現実を思い知らせてくれる。 翌日の日曜日。 それなりに思い出されることが胸に去来する。 彼女との10年間の思い出とこれからも気付くであろうと思っていた思い出。 思いっきり取り乱すかと思ったら、案外平気だった。 思い出せば涙は止らないものの、さほど悲しいという気がするわけでもない。 悲しみにくれる母の隣で、僕は後の処理を冷静に考え、粛々と執行していった。 日曜の朝に思いっきり寝坊できた。 いつもは早々に起きているのに、と訝しがっていたらその原因に気付いた。 僕の休みの日に必ずたたき起こしに来るあのふてぶてしい顔がないからだ。 ご飯と食べてるときに何となく、違和感を感じた。 いつもと違って、足元がスースーする。 僕のエビフライにたかろうとするいやしんぼを足で抑えつける必要性がなくなったからだ。 ゲームをしているときに、何となく物足りない。 2面ボスにボム4つ残してやられたときにコンテニューしようと思わない。 隣でニヤニヤしながら煽ってくる不届き者がいないからだ。 ああ、死ぬってのはこういうことなんだ。 死者は思い出になるとよく言われるけど、実際はもっと簡単なことだった。 別に喪失感に苛まれるなどという小難しいことではない。 日常の中から切り取られること。 きめぇ丸がいなくなったとしても、日常は日常のままであり続ける。 僕の卒論提出の期限は変わらないし、入社日だって何ら影響はない。 今まで当たり前に存在していたこと。 朝起こされて、食事を一緒にとって、気が向いたときだけじゃれてやる。 その当たり前が消えること。 ただそれだけだった。 喪った悲しみは想像していた一気呵成のものではなかった。 喪失とは、築き上げた思い出を減価償却するようなもの。 家にきめぇ丸との思い出を連想させる物は腐るほどあった。 それを見る度にきめぇ丸ともう新しい思い出を共有することは出来ないんだなと思い知らせてくれる。 全く、忌々しい瘡蓋のようなものだ。 普段、きめぇ丸なんぞ歯牙にもかけない父がきめぇ丸を買ってきたのは1年後の話。 母の憔悴ぶりにいたたまれなかったのであろう。 10年もたてば稀少だったきめぇ丸もそれなりに市場に流通する。 値段は多少高くとももはや庶民の手には届かない存在とまでは言えなくなっていた。 しかし、僕は知っている。 “その”きめぇ丸ではダメだ。 ウチに来た“その”きめぇ丸はペットとして完璧だった。 主人たる我々には逆らわず、かといって一緒に遊びたいときには機敏に気持ちを察してくれ、構って欲しいオーラを出す。 最初は二度とペットなんぞ飼うまいと言っていた母も、いざきめぇ丸が来るとかいがいしく世話をした。 面倒を見れば、情も移る。母が入れ込むようになったのにそう時間はかからなかった。 僕は、やはりダメだった。 彼女は確かに「ペットとして」完璧だった。 だが、たまに主人にゴマをすり、たまに主人に逆らい、たまに主人に気を遣うきめぇ丸では決してなかった。 ぼくは、“その”きめぇ丸を見るのが嫌だった。 知っているきめぇ丸と似て非なる存在。 人の気持ちはそこまで強くは無い。 無形物であるきめぇ丸との思い出が有形物たる“その”きめぇ丸の仕草に塗潰されていくのは仕方の無いことだった。 父は、元々きめぇ丸には不干渉だった。 母は、“きめぇ丸”が来て、「きめぇ丸」が押し出された様だ。 あのぶてぶてしい顔も。 ぶっちゃけ気持ち悪い俊敏な動きも。 舐めきったような口調も。 時たま見せる気遣いも。 もう、「きめぇ丸」は僕の心にしか、いなかった。 僕が忘れてしまえば、きめぇ丸は死んでしまう。 あの日から10年がたった。 きめぇ丸がウチに来てから10年、きめぇ丸がウチからいなくなって10年。 今ではもうほとんど彼女のことは思い出せない。 どんな顔だったんだろうか。 口癖はなんだったんだろうか。 彼女は僕を何と呼んでいたんだっけ。 いなくなってしまった者をずっと思い続けることは、思っていたよりも難しいものだった。 少しずつ、彼女を思い出す頻度が減った。 次々と、彼女が生きていた痕跡が消えた。 段々と、思い出す痛みが和らいでいった。 仕事が始まり、毎日が忙殺されていた。 恋人も何人か出来て、何人かと別れた。 結婚して、子供も生まれた。 現実が思い出を塗り潰した。 「きめぇ丸」は、もう本当の意味で死んだ。 これが、きめぇ丸の一生。 彼女が一生をかけて一人の男に尽くした、その一生は価値があったのでしょうか。 貴方はどう思いますか? あとがき ペットと親友の狭間を駆け抜けた一生。 そんな話を書いてみたかった。 戦闘シーンの元ネタ きめぇ丸=フロイド・メイウェザーjr めーりん=アルツーロ・ガッティ まりさ=亀田興毅 かいたもの 幸せはいつだってゼロサムゲーム およめにしなさい 甘い話には裏がある 史上最弱が最も恐ろしい ぽーにょぽーにょぽーにょ 天国と地獄を分ける程度の能力 このSSに感想をつける
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僕達は、そのうねりに乗った。 強く、それでいてウザイきめぇ丸にはものすごい勢いでファンが付いた。……アンチの、だが。 そんな情勢をマーケティング能力に長けたテレビ局が見逃すわけが無い。 勝ち続けるきめぇ丸に今度ぶつけられるのは正統派ヒロイン・めーりん。 その厚い皮と強靭な精神力で相手の攻撃を全てまともに受け止め、何度ダウンしても這い上がって逆転KOを繰り返すめーりん。 攻防一体の圧倒的な敏捷性を基にシステマナイズされたコンビネーションであざ笑うかのように勝ち進んでいくきめぇ丸。 漫画から飛び出たかのような展開を繰り返すめーりんは子供や大人問わずヒーローだった。めーりんが倒れれば観客全てがめーりんコール で彼女を窮地から呼び起こし、逆転の一撃を決めれば誰彼構わずに隣の人と抱き合ってしまう魅力を持っていた。 ちまちま当てては避けるという強い、そして地味過ぎるきめぇ丸はサイドスローからアウトロー一杯に決まる117㌔のスライダーを投げる 左のワンポイント投手にニヤニヤするような一部のマニアだけに大絶賛された。 温厚でいて忠誠心の強いめーりんは保護欲を掻き立てられる存在だった。 ぶてぶてしい表情で相手を小ばかにするきめぇ丸はぶん殴りたくなる存在だった。 あらゆる意味で対極な二匹の試合はぶっちぎりで注目を集め、連日連夜取り上げられて日曜のゴールデンに放映されたこの試合は、 しかし考えられる限り最悪の相性だった。 試合は多くの人の予想を裏切る一方的な虐殺だった。 当たらない。 いくら打っても当たらない。 どんなに打っても当たらない。 めーりんの体当たりは悉くかわされ、カウンターの噛み付きがもろに決まる。 「じゃ、じゃおおぉぉ~ん!?」 「ふふん。きめぇ丸は自分を客観的に見ることができるんです。貴女とはちがうんです!!」 当たり前だ。 めーりんの特徴は如何に被弾しようと止らないそのタフネスにある。いくらぶつけられようと、噛み付かれようと、 一切構わずに突っ込み、疲れ切った相手をコーナーに追い詰めてからが本番。 しかし、前後左右に加え、上下の動きさえできるきめぇ丸にとり、いかにめーりんのタフさが凄かろうと一切関係ない。 きめぇ丸もまた、止らないのだから。玉砕精神で突っ込んできたところで、常に首を振りつつ円運動をするきめぇ丸を 捉えることが出来ない。 タフなめーりんとはいっても、それは通常のゆっくりを相手にしてのこと。 僕によってビデオで丸裸にされためーりんの癖は当然にきめぇ丸に叩き込まれており、めーりんの予想だにしない角度から 観客を煽りつつものすごいスピードで連打を繰り返すきめぇ丸。 一発で倒せないならば、十発当てればよい。 十発で倒せないならば、百発当てればよい。 至極単純な、それでいて確実な戦法を採る我々はじわりじわりとめーりんを嬲り倒す。 「起きてよ、めーりん!起きてっ!!あんな奴、いつもみたいにやっつけてよぉぉ!!!」 ちびっ子達の歓声から始まった怒涛の「めーりん」コール。 会場はこれ以上無いほどに一体となってめーりんを支えた。 だが、悲しいことに声援は背中を後押しする力とはなっても現状を打破する知恵は授けてくれない。 きめぇ丸は容赦なく倒し続ける。めーりんは空回りし続ける。 それは、第一ラウンドから最終ラウンドまで変わらない姿であった。 ゆっくりの再生力を当てにしてか、それともめーりんがドル箱だからか、あるいはその両方からか、 普段はめったに止めに入らないレフリーが流石にTKOを宣言しようとしたときに、めーりんは鳴いた。 「じゃ、じゃお!じゃおお~じゃおおぉぉ~ん!!!」 “めーりんはまだたたかえるんだっ!!めーりんはもっとたたかいたいんだ!!” とでも言っているのだろうか。滑稽な話だった。 左目が殆ど潰れて物が見えず。 きめぇ丸の攻撃を耐えるために試合中に酷使した歯はボロボロ。 激しくかき混ぜられた餡子はもはや正常な統制機能を果たさない。 人間であれば棺おけに片足どころか腰までどっぷり浸かっているとしか思えない状態での狂言だった。 BJ先生だってもはや治せまい。 めーりんの体は決定的な何かを失った。 きめぇ丸の猛攻に耐え切れなかったのか、蓄積した積年のダメージが現れたのかはわからない。 めーりんの下半身部分は刻一刻と衰えていき、今ではもう殆ど引きずるだけだ。意識など当の昔に飛んでいる。 この状態のめーりんを見て、天寿をまっとう出来ると慰めるのは失笑ものといえよう。 それでもなお、めーりんは戦いを求めて吼えた。 やっとできた、かけがえの無い存在のために。 めーりん種はその温厚な性格から、元々争いを好まない。そんな彼女が静止を振り切ってまでも戦う理由。 掃き溜めから生まれたゴミクズ同然のめーりんが文字通り身体一つで得た昔日の財産と栄光。 それらを全て差し出して余りある無形の宝を守るために。 永らくめーりん種というだけで差別を受け続け、孤独に苛まれていた彼女に仏の皮を被った強欲な人間は 蜘蛛の糸を差し伸べた。 いつも通りのトレーニングを終えためーりんの前に見せられたのは、カラフルな翼をした女の子。 一週間。その間、めーりんはその子と遊ぶことが許された。めーりんが狂喜したのは言うまでも無い。 一緒にむ~しゃむ~しゃした。 頬擦りをした。 添い寝をした。 ふぁーすとちゅっちゅも体験した。 たくさんの子供と、カワイイつがいに囲まれた生活がリアルに想像できた。 8日目にして、彼女はピタッと顔を見せなくなった。いぶかしむめーりん。 9日目も来なかった。めーりんは不安になった。 10日目も来なかった。めーりんは孤独の恐怖に苛まれた。 元々ありもしないものに、幻想を抱くことは無い。 一旦、目の当たりにしたからこそ、もう諦めること等できはしない。 そして、首輪をつけた女の子がめーりんの前に引っ立てられた。 “きめぇ丸に勝つことが出来たら、そいつをお前のつがいにくれてやる。負ければ、そいつは処分する。” 人間らしい、命に対する冒涜といえる飴と鞭だった。 普段は、ただただ生き残るために戦っていためーりん。 そんなめーりんは生まれて初めて誰かのために戦う決意をしたのだ。 そんなめーりんの一世一代の決意は。 僕ときめぇ丸には一切関係なかったし、知る由も無かった。 だから、相変わらず、容赦せずに嬲り続けた。 試合が終わった頃には、ぶてぶてしい表情を一切変えることなく、ニタニタ笑い続けるきめぇ丸を尻目に体中の餡子を飛び散らせ ながらキャンバスに蹲るめーりんの様子がありありとテレビに放映されていた。 観客の期待とかテレビ局の思惑とかそういったものを一切読まないきめぇ丸の圧勝によって、交差した両者のゆっくり生は全く異なるものとなった。 めーりんは壊された。攻撃力こそ持続できたものの、いつものタフネスはそこに無く、勝ったり負けたりを数回繰り返して引退した。 当然の帰結だ。あの試合でめーりんはおそらくいつもの十倍は被弾した。それでピンピンされてはこちらの矜持が廃るというものだ。 きめぇ丸はこの試合を最後に引退を決意した。というのも、僕ときめぇ丸は戦いに意義を見出せなかった。相手を再起不能になるまで潰して その余韻に浸る。自分達が最強なのだと言う何にも勝る矜持の残香はひどく不愉快だった。 そこにあったのは、汚い大人の世界。 僕達が目指したはずの世界一強いゆっくりはそこには無かった。 誰かを倒して初めて感じる強さにもはや何の感慨も沸かなかった。 重要なのは、強さではなく、金になるか、だけであった。 そんな現実に迎合できるほど、僕達は大人にはなっていなかった。 それに口には出さなかったが。僕はきめぇ丸が心配だった。あんなタフなめーりんでも壊れることがある。 その当たり前すぎる現実に遅まきながら僕は気付いてしまった。 避けること。 それが僕がきめぇ丸に最初に教えたことだった。 次いで、守ること。 攻撃は二の次三の次。 あくまでダメージを残さないように指導した僕の理念を具現化した戦法は、実は最も効率の良い勝ち方でもあったらしい。 きめぇ丸もまた、戦いに酔いしれることは無かった。 ただ、自分と僕の居場所を守る。それが彼女の唯一にして絶対の目的だった。 だから、僕から引退を切り出されたとき、きめぇ丸はさして残念がることも無く了承した。 両親も、金には頓着しない人間だったので、特にもめることもなかった。 どうせ元々身一つ、出稼ぎでここに来た両親にとってみれば泡沫の銭には興味がなかったらしい。 きめぇ丸との触れ合いのおかげか、僕もだいぶ明るい性格になった。 持病も成長し、身体が強くなる過程で徐々に和らぎ、高校も半ばを過ぎた頃にはほぼ完治した。 「アルティメット・ゆっくり」の人気は更に高まり、いつしかきめぇ丸はこの業界のトップ・スタァ にのし上っていた。今のチャンピオンがいかに強かろうと。どんな戦歴を誇ろうと。 めーりんを潰したきめぇ丸の影がちらついて一番にはなれない。 そんな美味しい状況を、あのハゲダカどもが見逃すわけが無かった。 「おお、快諾快諾。」 「な、勝手に決めるなっ!!僕は自分の力で大学ぐらい入れる」 「どうせ、きめぇ丸は世界一強いゆっくりを目指しているんです。あそこの環境が一番良いんですよ。 ただ、それだけです。もやしさんの大学なんて知りませんよ。おお、無関係無関係」 嘘だった。 きめぇ丸は別に一番を目指したことなんて無かった。 ただ、僕ときめぇ丸の絆であった、それだけの理由できめぇ丸は戦い続けた。 元々、きめぇ丸は好戦的なゆっくりではない。好奇心の赴くままに生きる。それがきめぇ丸の“ゆっくり”なのだから。 きめぇ丸は賢いゆっくりだったから分かっていた。僕が行きたい大学に合格しようとも、4年間通い続けるお金なんて 捻出できるわけが無いことを。確かに、ウチはそこまでお金に困っているわけではない。だが、所詮中流社会に生きる我が家 が理系の大学、しかも私立に行かせる余裕などあるはずも無い。それでも、僕が子供の頃からその大学に強い憧れを持っていることは きめぇ丸には筒抜けだったのだ。 あからさま過ぎるバーター契約だった。 農学部にゆっくりを研究する学科を新設しようとするその大学は看板が欲しい。 きめぇ丸が戦えば、大金が動く。 僕の4年分の学費と、一生分の誇りは。きめぇ丸が身を擲った成果だった。 「きめぇ丸、お楽しみの時間だ」 「おお、理解理解」 「あのクソ生意気な饅頭に現実を教えてやれ」 「おお、了解了解」 今夜の相手はチャンプ。 まりさ三姉妹とかで売り出していた、長女だ。なんでも、元々親がドスまりさという希少種らしく、話題には事欠かなかった。 僕が見た限りでは、さして強いとも思えない。全戦全勝全KOという華麗なる経歴は、どう考えても金とコネにものを 言わせた産物だった。 徹底的に過保護なマッチメイク。少しでも危ないと思ったら難癖をつけて絶対に戦わない。 執拗なまでの煽り文句。聞いていて恥ずかしくなるくらいだ。 ゆっくりらしい、ぶてぶてしいウザさの合間に混ぜられる人情脆い一面。聞けば、今日は病気の子供に勝ちを約束したらしい。 全てが計算されていた。 全てが、僕ときめぇ丸の逆鱗に触れた。 自身が最強だとアピールする傍らで必死に保身に走るその滑稽で惨めで哀れな姿に、僕ときめぇ丸の思いが汚されるようだった。 きめぇ丸と戦わせる魂胆はミエミエだった。 最高のヒールである、きめぇ丸。未だに最強であるという幻想に守られた絶対王者。 そのきめぇ丸を完膚なきまでに叩き潰して、新たなヒーローを“創り出す”。 そうでなくば、通常は3ヶ月以上の調整期間が与えられるのに、わずか1ヶ月で、しかも復帰戦でいきなり王者と戦わせるような 無謀極まりない戦いを押し付けてくることはあり得ない。 奴等は狡猾だった。決して、八百長を頼むようなことはしない。業界に対しては素人である僕がバラす危険を考えたのだろう。 だから、きめぇ丸が全力で戦えなくなるシチュエーションをこれでもかとぶつけてきた。 難癖をつけても、大事にならないように、姑息に。 その程度で、きめぇ丸を止められると思ったのだろうか。 上等だ。 目に物見せてくれる。 きめぇ丸は、圧勝した。 所詮は現場を知らぬ者たちの勝手な思い込み。 この程度の状況がきめぇ丸とまりさの圧倒的な実力差を覆すに至ることは無かった。 「ヒャッハッハッ虐待だーっ!!」 「やめてください!死んでしまいます!!!」 僕は組み伏せられ、きめぇ丸はあのふてぶてしい顔に汗と涙を浮かべて懇願した。 そんな泣き言が聞き届けられるはずはないとわかってなお、追い詰められた者はかような行動を取る。 きめぇ丸が気に入らなかったのだろう。 試合後、帰路に着く僕達を待っていたのはチンピラ達だった。 僕は必死に抵抗した。捨て身になった者は強い。 ただ僕達にヤキを入れてやろうという程度の気持ちで襲ってきた輩に対して、文字通り全身全霊を賭けた 抵抗。圧倒的な戦力さにも拘らず、何とか一人を倒したのは奇跡に近い。 しかし、悲しいかな喧嘩に慣れていない僕ではそれが限界だった。 かえって彼等の戸惑いと怒りを煽り、標的を僕に替え、再起不能にすることを決めたらしい。 何度も何度も殴られ、蹴られた僕の意識は虚ろになった。 腕にきめぇ丸を抱えながら、遠のく意識で聞いてはならない言葉を拾ってしまった。 「きめぇ丸が代わりになります。おお、身代わり身代わり」 なに……やってんだ、馬鹿ヤ……ロウ。チャンス……見……て逃げ……ろよ。 「んン?なぁに~~きこえんな~~~これじゃぁまるで僕がいじめしているみたいじゃないか。 そんなこと僕にはできないよおぉぉ!」 わざとらしく丁寧な言葉で白を切るチンピラ。 チンピラ達は身震いがした。 圧倒的な優越感に彩られた、何物にも代え難い快感であった。 これほどまでに“女”を貶めるのは初めての経験である。これは病みつきになると思った。 例えるならば、他人が必死に積み上げたドミノを横から事もなげに叩き潰す悦び。 昨夜、思う存分ホームレスの親父を殴ってやった時も、これほどの快感は得られなかった。もっと早くやっておけば よかったと思った。 ならば、思い知らせてやろうではないか。 自分が犠牲となって男を助ける。そんなヒロイン気取りの饅頭にある思い上がった気持ちが如何に傲慢でおろかであることを。 徹底的に貶めてやる。 「閉じるなよぉ~、絶対に閉じるなよぉ~」 カチッ、カチッ、カチッ。 目の前数センチの距離から押し続けるシャープペンシル。 その澄んだ気にいらねぇ目。二度と見えないようにしてやる。 「きめぇぇぇまるちゃぁぁぁん!おいしゃさんごっこしましょ~~!! ぼくがはいしゃさんでぇぇ、きめぇぇまるちゃんがかんじゃさんだよぉぉぉ」 口をあけたきめぇ丸に向けられるのは、ド・リ・ル☆ チュィィィウイイイィィン!!という音が恐怖を誘う。 そのぶてぶてしい顔。怯えてもう笑えないようにしてやる。 「ところで俺のコレをを見てくれ。こいつをどう思う?」 その穢れを知らぬ身体。汚してやる。洗っても洗っても決して落ちない汚れを擦り付けてやる。 悪夢のような儀式も終わりを告げるときがあるようだ。 「うっ…へへ……ゆっくりを虐待したあとは小便がしたくなる!!」 ジョボジョボジョボ。 頬を伝う不快な温もりと共に水を叩きつける音がきめぇ丸の耳朶を打った。 病院で目が覚めた僕が見たのは。 とても目を覆いたくなるような光景だった。 「あややややぁ?おきたようですね。おお、寝ぼすけ寝ぼすけ」 何事も無かったかのような口調で語りかけるきめぇ丸。 彼女の誇りであった帽子は何処にも無かった。 濡れ烏を思わせる髪はボサボサで、所々が根元から抜けていた。 気高き真紅の瞳は片方が深淵を連想させる空洞になっていた。 後から聞いた話によれば。 騒ぎを聞きつけた住民が駆けつけるまで、きめぇ丸はうめき声一つ上げずにこの虐待に耐え続けたらしい。 人に保護されて彼女の第一声は、「もやしさんを助けてください!!おお、はやくはやく!!!」だったらしい。 安心したすぐに彼女はぶてぶてしい表情のままで気を失ったとのこと。 僕がこれ以上やられないように。彼女は圧倒的な暴力に心底震えながらもぶてぶてしい表情を崩さず、必死に注意を向かせたのだという。 そんなきめぇ丸の健気な行動は、実のところ僕の心をうつものではなかった。 僕は一体何がしたかったんだろうか。 きめぇ丸を拾い、きめぇ丸を育て、きめぇ丸を戦わせ、きめぇ丸を汚し、そしてきめぇ丸を壊した。 罪悪感、とも違うと思う。身体の一部を喪った喪失感、とでも言えば良いのだろうか。 去来していたのは虚無感。 こんなものだった。僕ときめぇ丸の数年はこんなにも無意味なものだったのだ。 家族同然に思っていたきめぇ丸、ゆっくり界ではもはや常勝無敗のスターであるきめぇ丸。 世界一強いゆっくりはしかしそこら辺のチンピラに到底及ばない程度の強さでしかなかった。 あの日、僕ときめぇ丸の誓いは。急に色褪せていった。 退院しても、僕ときめぇ丸の仲は元に戻らなかった。 きめぇ丸はいつもの通りだった。だから、僕のせいだったのだろう。 思えば、彼女とのお別れはもうこのときに済ませたのかもしれない。 退院してから四半期を待たずにきめぇ丸は死んだ。 飼いゆっくりは5年持てば良いほうだという。 ウチで10年生き永らえたきめぇ丸は存外長命だったのであろう。 あの事件が無ければさらに長く生きていられたのかもしれないが。 最後を看取った母が言うには、僕が外出したときに突然死したらしい。 死んでいるとは思えなかった。ただ寝ているだけ。 すぐにでも、あのいつものぶてぶてしい面で挑発してきそうだった。 事切れるその瞬間を見ていないからだろうか。 心の準備が出来ていなかった僕にはきめぇ丸が死んだという実感が湧かなかった。 彼女が死んだのは、3月も末のこと。 日に日に衰弱していくきめぇ丸を目の当たりにしながらも、例年に無く厳しく寒い冬を乗り越えた 彼女には、僕と彼女が仲直りするだけの時間は与えられているのだろうという根拠の無い自信があったからかもしれない。 死体は思っていたのよりも冷たかった。 あのもちもちとした肌も、気が向いたときだけたまに舐めてくれた舌も、冷たかった。 その冷たさが、嫌がおうにも現実を思い知らせてくれる。 翌日の日曜日。 それなりに思い出されることが胸に去来する。 彼女との10年間の思い出とこれからも気付くであろうと思っていた思い出。 思いっきり取り乱すかと思ったら、案外平気だった。 思い出せば涙は止らないものの、さほど悲しいという気がするわけでもない。 悲しみにくれる母の隣で、僕は後の処理を冷静に考え、粛々と執行していった。 日曜の朝に思いっきり寝坊できた。 いつもは早々に起きているのに、と訝しがっていたらその原因に気付いた。 僕の休みの日に必ずたたき起こしに来るあのふてぶてしい顔がないからだ。 ご飯と食べてるときに何となく、違和感を感じた。 いつもと違って、足元がスースーする。 僕のエビフライにたかろうとするいやしんぼを足で抑えつける必要性がなくなったからだ。 ゲームをしているときに、何となく物足りない。 2面ボスにボム4つ残してやられたときにコンテニューしようと思わない。 隣でニヤニヤしながら煽ってくる不届き者がいないからだ。 ああ、死ぬってのはこういうことなんだ。 死者は思い出になるとよく言われるけど、実際はもっと簡単なことだった。 別に喪失感に苛まれるなどという小難しいことではない。 日常の中から切り取られること。 きめぇ丸がいなくなったとしても、日常は日常のままであり続ける。 僕の卒論提出の期限は変わらないし、入社日だって何ら影響はない。 今まで当たり前に存在していたこと。 朝起こされて、食事を一緒にとって、気が向いたときだけじゃれてやる。 その当たり前が消えること。 ただそれだけだった。 喪った悲しみは想像していた一気呵成のものではなかった。 喪失とは、築き上げた思い出を減価償却するようなもの。 家にきめぇ丸との思い出を連想させる物は腐るほどあった。 それを見る度にきめぇ丸ともう新しい思い出を共有することは出来ないんだなと思い知らせてくれる。 全く、忌々しい瘡蓋のようなものだ。 普段、きめぇ丸なんぞ歯牙にもかけない父がきめぇ丸を買ってきたのは1年後の話。 母の憔悴ぶりにいたたまれなかったのであろう。 10年もたてば稀少だったきめぇ丸もそれなりに市場に流通する。 値段は多少高くとももはや庶民の手には届かない存在とまでは言えなくなっていた。 しかし、僕は知っている。 “その”きめぇ丸ではダメだ。 ウチに来た“その”きめぇ丸はペットとして完璧だった。 主人たる我々には逆らわず、かといって一緒に遊びたいときには機敏に気持ちを察してくれ、構って欲しいオーラを出す。 最初は二度とペットなんぞ飼うまいと言っていた母も、いざきめぇ丸が来るとかいがいしく世話をした。 面倒を見れば、情も移る。母が入れ込むようになったのにそう時間はかからなかった。 僕は、やはりダメだった。 彼女は確かに「ペットとして」完璧だった。 だが、たまに主人にゴマをすり、たまに主人に逆らい、たまに主人に気を遣うきめぇ丸では決してなかった。 ぼくは、“その”きめぇ丸を見るのが嫌だった。 知っているきめぇ丸と似て非なる存在。 人の気持ちはそこまで強くは無い。 無形物であるきめぇ丸との思い出が有形物たる“その”きめぇ丸の仕草に塗潰されていくのは仕方の無いことだった。 父は、元々きめぇ丸には不干渉だった。 母は、“きめぇ丸”が来て、「きめぇ丸」が押し出された様だ。 あのぶてぶてしい顔も。 ぶっちゃけ気持ち悪い俊敏な動きも。 舐めきったような口調も。 時たま見せる気遣いも。 もう、「きめぇ丸」は僕の心にしか、いなかった。 僕が忘れてしまえば、きめぇ丸は死んでしまう。 あの日から10年がたった。 きめぇ丸がウチに来てから10年、きめぇ丸がウチからいなくなって10年。 今ではもうほとんど彼女のことは思い出せない。 どんな顔だったんだろうか。 口癖はなんだったんだろうか。 彼女は僕を何と呼んでいたんだっけ。 いなくなってしまった者をずっと思い続けることは、思っていたよりも難しいものだった。 少しずつ、彼女を思い出す頻度が減った。 次々と、彼女が生きていた痕跡が消えた。 段々と、思い出す痛みが和らいでいった。 仕事が始まり、毎日が忙殺されていた。 恋人も何人か出来て、何人かと別れた。 結婚して、子供も生まれた。 現実が思い出を塗り潰した。 「きめぇ丸」は、もう本当の意味で死んだ。 これが、きめぇ丸の一生。 彼女が一生をかけて一人の男に尽くした、その一生は価値があったのでしょうか。 貴方はどう思いますか? あとがき ペットと親友の狭間を駆け抜けた一生。 そんな話を書いてみたかった。 戦闘シーンの元ネタ きめぇ丸=フロイド・メイウェザーjr めーりん=アルツーロ・ガッティ まりさ=亀田興毅 かいたもの 幸せはいつだってゼロサムゲーム およめにしなさい 甘い話には裏がある 史上最弱が最も恐ろしい ぽーにょぽーにょぽーにょ 天国と地獄を分ける程度の能力 このSSに感想をつける